私は恋愛が苦手だ。正確に言えば、恋愛関係を結んだ2人が多くの場合に進むべきとされる段階のうち、ある一段が絶対に踏めない。所謂セックスである。

触れ合う場面を想像するだけで頭に靄がわき、ブレーキがかかる

極度の潔癖症だとか、恋愛対象として女性に惹かれるとか、男性に対するトラウマだとか、そういう類いの理由は見当たらない。恋愛マンガは人並みに読むし、むらりむらりと湧き上がるような妄想もする。恋人のいる友人が「実はこの前……」と打ち明けてくれた話を幸せそうだなぁと思いながら聞いたことだってある。
しかし、いざ自分と他人の生身の体がくっついて、人前では絶対しないようなテンポと圧力で触れ合う場面を想像すると、想像のカメラに白い靄がわいて「これ以上想像するな」とブレーキがかかる。私はこの不快な感覚を「頭が気持ち悪くなる」と呼んでいる。

大学に入ったばかりの夏、一度だけ男性と付き合った経験がある。「案ずるより産むが易し」と昔の偉い人も言っているのだから、実際に付き合ってみれば何てことない、私にもきっとできるはず。その目論見は甘かった。
ハグまではできるのに、素肌を直接触られた途端気分が悪くなる。下着を脱ぐなんて以ての外だ。相手には申し訳ないことをしたが、2週間で私から別れを切り出した。

ただ抱きしめててそばにいてほしいと願う、寂しくて眠れない夜もある

それでも、一人で眠るのがどうしても寂しい夜がある。私を傷つけない人、できれば男性に、一晩中ただそばにいてほしい。
そう思って、ランダムに相手が割り振られるチャットサイトや、写真も名前も一切不要のまま見知らぬ誰かと通話ができるアプリを試した。直接会うわけではないし、雲行きが怪しくなってきたらボタン一つで会話を終えられる。
この手のツールは往々にして下心ありきと思われがちだが、私のようにとりとめのない雑談がしたいだけの人もいて、「ローソンのおにぎりが一番おいしい」 「お風呂のお湯溜まったんでこの辺で」「はーいおやすみなさーい(‘ω’)ノ」なんてやりとりをしたこともある。

それでも、簡単に始まって簡単に終わる、顔の見えないやりとりは味気ない。乾ききった口に氷砂糖をねじ込んで命を繋ごうとする虚しい夜なべだ。
顔の見える男性とやりとりがしたい。ただ抱きしめて、私が眠るまでそっと頭をなでてほしい。たったそれだけの関係を続けることができたら……。
私にとって、いつ明けるか分からないまま眠れぬ夜の寂しさは切実だった。

とある女性用風俗店を知り、迷った末に「えいや」と予約

そんなことばかり考えていたら、とある雑誌の「粘膜接触がない女性用風俗」なる記事が目に飛び込んできた。一般的な女性用風俗は普通のマッサージに始まり、次第に性感帯をじわじわ刺激してオーガズムに達することを前提とするが、このお店は性感帯に触れられることなく、マッサージや会話、ハグなどのスキンシップを楽しむことができるという(性感マッサージを含めたコースを選ぶこともできる)。
添い寝やお喋りだけでも利用でき、理想の疑似恋愛を楽しめるというのは、私にとってこれ以上なく魅力的な内容だった。これは天が与え賜うた一世一代のチャンスではないか。
サイトをくまなく読みながら1時間以上迷った末、「えいや」と予約ボタンを押した。若い人だと大学の知人を意識してしまうので、黒髪で髭がなく、プロフ欄に「落ち着きがある」と書かれた40代の「セラピスト」を選んだ。
深夜3時を過ぎていた。

「性的な雰囲気を出さないで」。私のリクエストを丁寧に聞いてくれた

率直な感想は「あれこれ考える余裕もなかった」である。初めて入るピンクなホテルの一室、気持ちを落ち着けるため夏目漱石の『こころ』を開いたが半ページもまともに読めなかった。
手足の毛は剃ったし……あ、最初にシャワー浴びるんだっけ。髪は洗わなくていいってことか……やっぱりやめとけばよかったなぁ、場違いな客だと思われたらどうしよう。性欲を解消するための風俗店で性的な雰囲気を出さないでくださいなんて、一休さんもビックリの謎注文だ。

「じゃぁ今日はマッサージ少なめで、友達感覚で喋ったりくっついたりしてみましょうか」
子供の頃によく髪を切ってもらった美容師さんに似ていて、ギラギラしていない優しい目元に安心感があった。何より、セックスが苦手だと伝えた時に「そういうお客さんもいますよ」と言われて驚いた。
そういう人とは何をするんですかと尋ねたら、相手の希望次第で添い寝をしたり、一緒に映画を観たり、外でお茶だけして帰る日もありますよ、と言われた。

なんだ。私だけが変なわけじゃなかったんだ。
私だって、お金を払って男の人から撫でられたい・癒されたいと望む権利があるんだ。
眠れない夜の居場所をひとつ手にした気分だった。