「帰ろう」

父の一言で、真っ白な道路を進んでいた車は、突如Uターンすることになった。

◎          ◎

私が住んでいる千葉県は、滅多に雪が積もらない。中学一年生の私は、走り回ることこそないものの、どこか浮かれていた。ところが父の一言で、私の世界は暗転した。浮かれていた自分と降り積もる雪を憎みながら、後部座席で静かに涙を流した。

二月のとある日曜日、私は父と二人、幕張メッセに向かっていた。私の好きなアイドルグループが、ミニライブを行うことになっていた。ライブを見れること、珍しく雪が積もったこと、そのどちらも嬉しいことだった。

ところが、家を出て一時間ほどで、来た道を引き返すことになった。「このままだと帰れなくなる」と父は言った。

父の判断は間違っていなかった。その夜のニュースでは、関東各地で交通機関が麻痺し、大混乱となっていると報じられていた。

私は雪を嫌い、憎んだ。その日は幕張メッセの様子をネット配信で見たが、会場で盛り上がる人たちが目に入ると涙が止まらなかった。

翌年以降も、雪が降るたびにその日を思い出し、悲しくなった。

雪の中、何枚も着込んで歩いて登校したこともある。自転車ならほんの15分で学校に着くのにと思いながら、一時間もかけて歩いた。

雪の中、父と車で出かけて側溝にタイヤがはまってしまったこともある。

スキーなどのウィンタースポーツもしない私は、ただただ雪が嫌いだった。

そんな私が雪を好きになるのは、それから五年後のことだった。

◎          ◎

幕張メッセの一角でライブをしていたアイドルグループは、五年という月日で大きく成長し、ファンを増やし、毎年全国各地でライブツアーをするまでに至った。

高校三年生になった私は、姉と二人で長野公演に行くことになった。夜行バスで早朝に長野駅に到着すると、関東では決して見ることのできない雪景色が広がっていた。千葉県でも稀に雪は降るが、積もり方が比べものにならない。

会場まで姉と二人、よちよちと産まれたての子鹿のように歩いた。必死で、一歩ずつ歩いた。
 

 転ぶこともなく無事に会場に到着し、ライブが始まった。そのライブのMCで、私の推しのメンバーが言った。

「今朝バスで会場に向かってたら、私たちのグッズのリュックを背負った女の子二人組が一生懸命歩いてて」

推しカラーのリュックを背負っていた私と姉は、目を見合わせた。男性ファンがほとんどを占める会場で、その条件に当てはまるのは私と姉しかいなかった。

私たち二人は即座に手を上げた。すぐにメンバーが気づき、「あ!いた〜!」と手を振ってくれたのだ。

◎          ◎

その日の帰りの雪景色は、憎いものでも何でもなく、ただただ愛おしく感じられた。

雪は時に、人々を混乱に招き、嫌われる。でもそれ以上に、美しい景色を見せてくれる。

雪を見ると同時に二つの思い出がよみがえる。もう雪を嫌ってばかりの私ではない。