英語を教えてくれた彼と歩いた12月。つないだ手の温かさを忘れない
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東京に上京してからというものの、冬に雪を見る機会はほとんどなくなった。街には冷たい風が吹くけれど、それでも東北の凍てつく寒さとは違う。生まれ育った雪国の冬は、容赦がなく、軽い外出すら躊躇うほどだった。寒さは心までも凍らせるようで、正直なところ、あまり冬が好きではなかった。
それでも、何年か前に都会でも雪が積もったことがあった。街全体が真っ白に塗り替えられていった光景を窓辺から眺めていた日、ふと10代の頃の記憶が蘇った。
あの頃、大好きだった同い年の男の子がいた。彼は大学進学のために東北にやってきた子で、訛りのない、澄んだ言葉で話していたのが印象的だった。東北の訛りが濁点の多い響きを持つせいか、私はその音が怒られているように感じることが多く、地元の人と話すのが苦手だった。そんな自分にとって、柔らかで品のある話し方をする彼はとても新鮮で、気になる存在になるのは時間の問題だった。
専攻は違ったけれど、同じ授業をとっていたので、毎週決まった日に会えるのが嬉しかった。グループワークのある講義ではなかったので、特別に話すことはなかったけれど、ゼミみたいに少人数の授業だったから、すぐにみんなと仲良くなれたのは嬉しかった。
担当の先生に対して、とてつもない感謝をすることになったのは、学期末に向けての発表をすることになった時。先生が用意した英文を、どうにかこうにか翻訳しなければいけなくなってしまい、当時は翻訳アプリも優秀ではなかったので、途方に暮れていた頃。
その日の授業の後半で、「キミ、一番英語が得意なんだからさ、彼女のサポートしてあげなよ」と、素晴らしいフリをしてくれたのだ。
こんなにも勉強に前向きになれたのは、正直言って初めてかもしれない。でも、わたしに渡された資料よりも、彼の方が倍以上多くて大変そうだったのに、「手分けしてやっていこう」と、根気強く何時間も作業するような仲になっていった。
街中がライトアップで彩られる12月のある日、彼と一緒に鍋を食べに出かけた。駅からすぐの店だったので、手袋は要らないだろうと油断して家に置いてきたのは、少しの失敗だったと思う。食事を終え、外の寒さが身に染みる中、悴む手を擦り合わせて温めようとしていた。カイロの一つでも持ってくればよかったと落ち込みさえしていた。せっかく体の芯が温まるような鍋を食べていたのに、この寒さで何もかもが無かったことになってしまいそうで、怖かったのかもしれない。
そのとき、彼がふいに私の手を取った。彼の服のポケットにそっと手を入れ、繋いでいない片方の手には手袋を貸してくれた。すごく大きくて、ブカブカだったけれど、胸の中で何かがじんわりと温まるのを感じた。
「冷たい手の人って、心が温かいんだよ」
彼は微笑みながらそう言った。何気ないその一言が、冬の冷たさを忘れさせてくれるほどに温もりを滲ませていた。
今、その手を温めてくれる人はいないけれど、雪が降るたびに彼のことを思い出す。冬が嫌いだったはずの自分に、ほんの少しの青春の思い出をくれた彼のことを。
あの年の雪はすぐに溶けてしまったけれど、私の心の中ではあの日の寒さと、彼の手の温もりだけは、いつまでも消えずに残っている。
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