死ぬまでにみてみたい景色が、いくつもある。オーロラ、真っ青な海に真っ白なビーチ、満点の星空、地平線まで続く真っ赤な大地、砂漠……とにかく色んな場所を訪れて、少しでも多くの景色を見たい。

小さい頃から、もはや人生の一つのテーマであるかのようにずっと夢見ている。その中でも叶っているのは、街中が雪に白一色に染められる銀世界。スイスの街での日々の中で、何度も体験できた。

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スイスの冬は、寒い。短い夏が終わると、長く暗い冬がやってくる。
スイスで過ごしたおよそ1年半のうち、1年目は一度も雪が積もることはなかったけれど、2年目は私が想い焦がれていた雪の景色が、何日間にも渡って見ることができた。
夜のうちに雪が積もった日の朝は、ブラインドから漏れる光がいつもより強い。急いで起き上がってブラインドから外を見ると、そこは真っ白な世界が広がっている。

窓の外は、白と黒だけで支配された世界。やけに静かで、世界がまるで凍りついてしまったかのよう。初雪が積もった日、隣の部屋のスイス人の学生が嬉しそうに「美しい景色だね」と言っていた。

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朝ごはんを取り終えると、急いで防寒のために着込んで外へ飛び出た。
玄関を出ると、もう出勤したであろう誰かの足跡が雪の上に道を作っている。それに倣って、私も道を踏み固めていく。湖畔近くの公園にいくと、犬を連れた人がその雪をしみじみと味わうように散歩をしている。犬は、雪の上を飛び跳ねて転がり回っている。

これがスイスの冬か。外気は氷点下を軽く下回っているのに、そこまで寒いようには感じない。それは日本のように水分の含んだ風が吹くことがないし、セントラルヒーティングのおかげで身体がずっとほかほかに温められているからだ。だから外にいてもある程度の時間なら過ごすことができる。

童心に戻り、小さい頃は雪が積もらなくてできなかった、雪だるまを作った。雪玉を転がしても、どこまでも雪なので土がつくことがない。綺麗な真っ白な、大きな雪だるまができた。

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スイスの冬は、寂しくない。雪国であるから、雪がどれだけ降ろうともインフラが混乱することがない。雪が積もり始めると、大きな除雪車が常時、勢いよく街中を走り回る。

街ゆく人たちも、雪道でも平気なブーツを履いて、モコモコのダウンジャケットにニットの帽子。道路が常に除雪されているから、自転車で走る人もちらほら。みんなが雪景色を、少し嬉しそうな表情を浮かべながらすれ違ってゆく。
なんとも言えない安心感のような、寒いけれど心満たされているような気配が、雪の積もるスイスの日々には漂っていた。

先日、何十年に一度かと言われるような大寒波が日本列島にやってきた。大阪に雪が積もることはなかったけれど、積雪のあった他府県へと走る電車はほとんど臨時運休し、駅の電光掲示板は『調整中』の文字。そしてそれを物珍しそうに写真を撮る人々。積雪時の高速道路や公共交通機関の混乱っぷりは、毎度情けないと思えてしまう。
積雪は1年に何日もあるわけでない非常事態であるから、インフラの整備をされていないのは仕方がないのかもしれないが、その度に、スイスのどしんと構えた安定感を思い出していた。

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テレビやSNSで色んな地域の積雪の状況を確認しては、スイスが恋しくなった。どれだけ気温が低くても、あの美しい景色をみることができるのなら我慢できる。
雪が積もった街の屋根。遠くに見える真っ白なアルプス山脈。空から降り頻る結晶のかたまり。

今の仕事が落ち着いて、貯金が溜まって、次にお金を稼ぐことのできる術を手に入れたら、必ずまた色んな街に行きたい。その中でもスイスは、私にとって特別な国で、またあの空間に居られるのなら、と願ってやまない。
あの大きな窓から、雪が積もっていく様子を眺められるなら、どれだけ幸せなんだろう。