誕生日には、ミネストローネを食べる。
それは野菜たっぷりでトマトの味が濃く、ぐつぐつと煮込まれたものでなければならない。

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私は25年間、実家から一歩も出なかった。
大学は片道2時間かけて通い、就職先は実家から通える範囲で探した。
一人暮らしを選択しなかったのは、経済的な理由もあるが、一番は「母のごはん」だった。そこから離れたくなくて、実家を出なかった。

外食より、母の作るミネストローネが何よりのご馳走でご褒美だった。
丁寧に賽の目状に切られた野菜たち。

器にたっぷり注がれた具沢山のミネストローネ。

一杯で、心も身体も健康的に満たされる。
鍋いっぱいに作ってもらって、なくなるまで毎日食べて、それでも最後の一杯を惜しみ、「また作ってね」と念押ししていた。

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そんな私も25歳を過ぎた頃、自立を真剣に考えはじめた。「今のままではいけない」、「変わりたい」。不安や焦り、期待や希望。いろんな気持ちを抱え、成長するために、転職を決め、一人暮らしする道を選んだ。
10代で独り立ちする人も多いなかで、遅すぎる自立。自分にとっては大きな選択でも、世間から見れば当たり前で、別に珍しくも、褒められるようなことでもない。
それでも、私にとっては大きな人生の分岐点。

実家暮らしが長かった上、家事も料理もろくに手伝っておらず全くできなかったので、最初の方は苦労した。
食べたい料理を作るのに、揃える材料も時間もかかりすぎる。手を負傷したり、食材を焦がしたり、生焼けにしたり、失敗することは何度もあった。
それでもめげず、出来るだけキッチンに立った。ただ、上手くなりたかった。

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そんなこんなで、一人暮らしをしてから初めて迎える誕生日。
お決まりのミネストローネを食べようと決めた。
今年は、自分で作る。
母にレシピを送ってもらい、材料を買いに行った。一人でこんな大量の野菜を消費できるのかと不安になったが、書いてあるものは全て購入した。
様々な野菜を同じ大きさに切るのは意外と難しく、とても時間がかかった。
時間をかけた分、切り終えてトレーに入れられた野菜たちが何だか愛おしく、思わず写真を撮った。
具材の準備ができたら、あとは煮込むだけ。トマトピューレとお水を入れて、しばらく放置。沸騰したら塩胡椒やケチャップで味を整え、そしてまた煮込む。ニンニクとローリエも忘れずに。

お昼過ぎに作りはじめ、出来上がったのは夜だった。
きちんと煮込まれたミネストローネを、お気に入りの器に注ぐ。
慣れない作業に疲弊していたけれど、湯気とともに立ち込めるトマトの甘酸っぱい香りが、疲れた身体を緩ませる。

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味は、母のそれとそっくりだった。
トマトの濃さも、野菜の旨みもちゃんと出ていた。自分で作ったから贔屓しているかもしれないが、それでもおいしかった。
何より、自分の手で作れたことが嬉しく、誇らしかった。

大人は、自分の力で暮らさないといけないし、自分で自分を励まし、そして、自分のことは自分で守らなければならない。

だから、私はあのミネストローネを忘れてはいけない。

「自分の力で生きていける」と自信を持てたあの日が、きっと、弱気になったいつかの私を支えてくれるから。