誰しも新しい環境に踏み入る時は何か不安を持っているはずだ。
私はいつも人間関係に不安を抱きながらその団体の中へ足を運んでいる。

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私は高校時代の部活動のキャプテンだったが後輩に対して人当たりの悪い先輩だったと思う。そうなったのも理由があるのだが、ある後輩に何気なく掛けた一言が自分にとって印象的なエピソードとなるとは思わなかった。「いつも大きい声であいさつしててほんと偉すぎ!」くらいの軽いニュアンスで伝えた誉め言葉がある。

いつも思っててたまたまペア練習が一緒になった時にふと伝えてみただけだ。そしてその時の後輩も特に嬉しそうなそぶりもなく謙遜的な態度で返された。しかし私が卒部の日、「あの時褒めていただいて嬉しかったです。だからもっと頑張ろうと思えました」と告げてくれた。

卒部のタイミングでは感謝の言葉もたくさん伝えられたが記憶に残っている言葉はこれしか残っていないし、この出来事が最も印象に残っている。友達ではない間柄で使う言葉の力に驚いた瞬間だった。わざわざ前の出来事を私に伝えなくてもよかったのに。うれしくて大学入試の面接でもこの話をしてしまったし母にも友達にも話した。

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言葉を伝えるにおいてお礼の言葉や謝罪の言葉を言わない方がよかったなんて思った経験はあんまりないはずだ。じゃあ誉め言葉・感情を表す言葉はどうか、あえて口にしなくてもそれがあるかないかでその人との関係が悪化することは少ない。

中高一貫校に通っていた私が室内の運動部に入ったのは、運動したいけど日に焼けたくないという何とも不純な理由からだ。もちろん最初は後輩という枠で入り、次に後輩でも先輩でもある仕事が無いちょっと楽な枠に、最後に後輩をまとめる所謂幹部の枠に入り立場を変えていった。つまり四年間後輩だった私が急に後輩をまとめる立場(キャプテン)なんてうまくいくわけがない。

同期は二人しかいなかったのに後輩は四学年分、およそ20倍の人数がいたため厳しくしないと部がまとまらないと思った。私が中学一年生の入りたての頃はとんでもないほど上下関係と雰囲気が厳しく、ことあるごとにミーティングが行われた。返事や挨拶だけでなく、なんだかすぐに先輩に対して謝っていた記憶がある。

私は少し生意気だったようで若干お咎めが多かった気もするが忠実に挨拶と笑顔で話すことを続けたおかげで中学三年生になるころには先輩との壁は薄くなったように感じる。どれだけ怒られても私は先輩が結構好きだったのでその雰囲気が態度に出ていたのもあるだろうが。

だが年々部の雰囲気は緩くなっていき、私が幹部の頃は挨拶もしない、部活にも出席しない後輩ばかりで苛立っていた。だからこそ部としてしっかり成り立つよう必要以上に厳しい態度で接していた。

そんな中の大きな声のあいさつと返事は余計良いほうに目立っていたということだ。その時の後輩に対しての嬉しさを誉め言葉という形で伝えられていてよかったと思っている。

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このことから誉め言葉や感情を表す言葉が直接的に瞬発的に相手との関係に影響は与えないかもしれない。それでもいつか振り返るタイミングがあった時に、伝えてよかったと思えるから自分が抱いた良い感情は言葉にして相手に伝えるべきだと思った。