1997年、夏。香港の返還に、イギリス中が沸いていた。

土産物屋にはビートルズグッズの横にバウヒニア区章をあしらった小物が並び、BBCでは返還までのカウントダウン企画として”最後の総督”パッテン氏のインタビューがさかんに放映された。≪大英帝国最後の植民地≫香港、その返還という歴史的転換の日、誰もが中英関係に思いを馳せ、式典の中継を見つめていた。7月1日、イギリスに居合わせた皆が、歴史の証人だった。

◎          ◎

当時中学生だった私も、連日モニター越しに返還の流れを見守る在英邦人の一人だった。語彙と知識の乏しさゆえに、うわべしか理解できない未熟さを残念に感じていた。近代の戦争と侵略。植民地ゆえの苦悩、東西を結ぶ誇り。ニュース解説のほとんどがわからないのは、悔しかった。

香港の人は、どう思っているのだろう。当事者感情に至っては知るすべもない。式典を機に香港の地を思い、図書館に通った。ロンドンでカセットテープを手に入れ、周華健の音楽を聴いた。いつしか香港は私にとって「あの日までイギリス領だった場所」から、「きっと訪れてみたい場所」になった。

◎          ◎

今日も私はアラン・チャンの器で中華粥を啜り、紅茶とコーヒーを混ぜている。レスリー・チャンのポスターを見上げ、口ずさむように練習する。
「見到你、好開心(ギンドウネイ、ホウホイサム)」

憧れの香港に、いつか、会いに行こう。