「君、次倒れたら退職ね」

休職が明けた時、上司が私に言った。倒れるまで使い倒したのはそっちのくせに、と、私は心の中で毒づいた。

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「もうね、おやすみした方がいいと思う」

今通っているメンタルクリニックは、もうすぐ半年になる。薬の処方も少しずつ私に合ってきて、あれだけ悩んでいた不眠や発作もだいぶ抑えられるようになってきていた。その矢先だった。

「えっ……今ですか?」
「そう。半年……それ以上はおやすみした方がいいかな」

女性の先生は穏やかに言う。私は休む理由がよく分からなかったが、とりあえず分かりました、とだけ告げて、診察室を出た。

付き添いで来て待ってくれていた母に言う。

「私、休職した方が良いんだって」
「あら、そうなの」

母は何でもないように返事をする。意外がると思っていたから拍子抜けした。その後いつも通り支払いを済ませ、薬局に行って薬剤師さんにも相談してみた。

「実は休職を勧められていて……」
「良いんじゃないの、自分を休めてリセットする、大切な期間だよ」
「そうなんですか……」

これだけ周りの人達が賛成してくれているのだ、間違いはないだろうと思い、薬局を出た後早速職場に連絡を入れた。案外すんなりと了承され、私は長い休みに入ることになった。

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休みの間、私がしたことはひたすら眠ること。身体を休めることだった。朝も昼も夕方も、とにかく眠り続けた。それでも夜は薬の力を借りてまた眠る。元々眠ることは医師に勧められていたが、これほどまでに自分が眠れるとは思っていなかった。
眠り続ける生活をだいぶ続けた頃、ふと今度は違うことをしてみようという気になった。本を読むのである。元々読むことも書くことも大好きで、買ったまま読んでいない本がたくさんあった。それらを全て、じっくり時間をかけて読むことにした。小説、エッセイ、詩集……。知らない間にこんなに溜め込んでいたのかと思うくらい本はあったけれど、結局全て読み切ることができた。中には気に入って繰り返し読んだものもある。実に充実した日々だった。

ところがある日、状況が一変した。母が入院することになったのである。子宮の病気で、痛みを訴え救急搬送されたことからだった。入院するまでの数週間、私は毎日のように検査に行く母の付き添いをした。私自身は発作を起こすため、運転免許証を持っていない。母と父と三人で暮らしている。

最初は心配したが母は検査を珍しがって、どこか面白がっているようにも見えた。

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母が入院している間、私は祖母の家にいた。日中発作を起こされたら介護する人がいないからという理由であるが、祖母との生活は私の休職期間の中で最も充実した時間だった。一緒に歩いて買い物へ行き、足を伸ばしてバスに乗って母の病院へお見舞いへ行く。
夜になったら母とメッセージで一日の出来事を連絡し合い、互いに面白がった。

母が無事退院して暫く、私の休職期間も明けた。上司とその更に上の上司が面談をしたいというので、私は久しぶりに職場へと向かった。
面談は淡々としていた。持参するように言われたお薬手帳のコピーを取られ、それを見ながらあれこれと言われる。内容はもうよく思い出せない。だってあんなに充実していた日々の後だったのだから。

そして分かった、ああ、此処には温度がないのだ、と。無駄に干渉もしてこない反面、心配や心遣いといったものはない。私が働いていたところはこんな場所だったのか。今になってやっと気がついた。

四十分の面談を終えて、私はすんなり返された。次のシフト希望を出すよう告げられ、何事も無かったかのように。そしてまるでついでのようにそれは告げられたのだった。