小学3年生か4年生ごろ、わたしは「ハムスターを飼いたい。絶対自分でお世話をするから」と両親に頼みこんだ。
幼い頃からモフモフの動物が好きだったし、ハムスターなら小さくてお世話もしやすい。さらに当時はアニメとっとこハム太郎が大好きで、いつか自分でもハムスターを飼ってみたいと密かに考えていたのである。

次の休日、わたしは両親に連れられて小動物を扱っているペットショップへ行き、ガラスケースの中で元気に動き回る赤ちゃんのハムスターたちをしばらく眺めた。
正直、ハム太郎じゃあるまいし実際のハムスターなんて特に見た目に個体差なんてあまり無いのだろうと思っていたけれど、じっくり見ているとなんとなく個性が見えてくるので楽しい。やたら動き回って落ち着きのないものもいれば、すみっこで眠ったまま起きる気配もないのんびり屋もいる。
悩んだ末、わたしは少し小柄なサファイアハムスターのメスを買ってもらった。

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わたしは彼女をサファイアと名付けた。サファイアは薄い灰色の毛色をした小柄なハムスターで、性格はどちらかといえば大人しい、ハムスターのくせにどこか清楚で気品溢れるような雰囲気を持っていた。
わたしは一生懸命サファイアのお世話をした。
毎日ご飯をあげて水を補充し、ケージに敷き詰めたおがくずは毎週取り替えて掃除も定期的に行った。おやつはひまわりの種、あげすぎは良くないとのことで1日に2、3粒与え、ケージはヒーターのそばに置いて寒くならないように注意を払った。

しかしわたしの献身も虚しく、サファイアはわずか1ヶ月足らずで呆気なく逝ってしまった。
動かなくなったサファイアを認めたわたしはありえないくらい泣いた。こんなに一生懸命お世話したのに、一体何がいけなかったんだろう。自分を責めて、やるせない気持ちに押し潰されそうになりながら泣き続けた。
サファイアを失ったトラウマをまだ少し残しつつも、ハムスターを飼いたいという欲求がまだ十分に満たされないままモヤモヤしていたわたしに、両親はまた別のハムスターを買ってくれた。

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かくして選ばれた二代目のハムスターは、ジャンガリアンハムスターのあいハムである。
名前の由来は瞳を表すeyeから来ている。ハムスターの中でも出目で、丸いビーズのような瞳は今にもこぼれ落ちそうだった。あいハムは活発で良く走り回る元気な子だった。
サファイアが清楚系儚げ女子だとするのならば、あいハムは明るく元気はつらつなお転婆娘だ。
あいハムはすくすくと育っていった。よく食べて良く走り、よく眠って病気もほとんどしなかった。毎日話しかけて、たまにケージの外へ出して遊ばせる。あいハムは喜んで、部屋中を走り回って家具の足などを齧った。とてもとても愛おしくて、可愛らしい子だった。

あいハムを迎えてから約3年後、彼女はお気に入りの木製のお家の中で眠るように息を引き取った。

なきがらはまだ少しあたたかく、手のひらに乗せるといつもより少しだけ軽かった。
ハムスターの寿命は2年から3年とされている。彼女はハムスターとしての天寿をまっとうしたと言えるだろう。
あいハムの生涯を誰よりも近くで見届けられたことに、わたしは深い感慨を覚えていた。サファイアのときとは違って、涙は一滴も出なかった。
それからしばらくハムスターを飼うことはなかった。

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大人になって、なんとなくハムスターのことも思い出さなくなっていたころ、ふとした拍子に弟から、

「あいハムって二代目だと思っているみたいだけど、実は三代目らしいよ」

と、衝撃の事実が知らされた。
くわしく話を聞いたところ、本当の二代目ハムは、飼い始めてからわずか数日で亡くなっているところを父が発見していたらしい。
サファイアを失った時のわたしのあまりの泣きように心配した両親が、わたしが気がつく前に別のハムスターを買ってきて入れ替えていたというのが真相のようだった。

つまり、本来の二代目あいハムは、わたしの知らないところでその短い生涯を閉じていたということになる。わたしはそのことを知ってしばし呆然とした後、その存在すら無かったことにされたあいハム1号について思いを馳せた。わたしがあんなに泣いたばっかりに、1号は父の手によって歴史から存在ごと抹消されてしまったのである。

なんだかとても申し訳ない気持ちになった。今も実家の押し入れの奥にはハムスターのケージがほこりをかぶったまま、ボロボロの毛布や服やおもちゃといっしょに押し込められたままだ。取り出そうと思ったけれど、思ったより奥に入っていたので、わたしは諦めて扉を閉めた。