友達を部屋に呼ぶという楽しみをエサに、2025年は掃除する宣言

「部屋を綺麗にするというタスクが一つ消えて、パパちゃんスッキリした」
これは、新年早々、女子大学生の娘が父親に言われた一言である。
2025年が始まってすぐに家まで送ってくれた父親が、大学生の娘の一人暮らしの部屋を1時間掃除するという珍事件が起こった。大学生の女子として大層恥ずかしい。
この言葉の切っ掛けとして、年末に父親が私の一人暮らしの部屋を訪れるという出来事が挙げられる。実家から一人暮らしの部屋まで絶妙な遠さを誇り、かつ電車で帰らなければならなかったため、父親が荷物持ちとして家まできてくれた際に、父親は私の部屋を見て驚愕したのであろう。
そして一言、「部屋が汚すぎるよ! 女の子なんだからもっときれいにしなきゃ!」と言い放った。これはもう一言といわず二言であろう。さらには「女の子なんだから」とジェンダーに対する意識に厳しい現代社会にはふさわしくない言葉をぶっ放してくれたわけである。
この言葉を放たれた私が持った疑問は、女性の一人暮らしの部屋はどの女性も当たり前にきれいなのだろうか、ということだ。否、身をもって私は違うと言えるだろう。私の部屋は汚い部屋、総称「汚部屋」にはいかなくても、決して綺麗な部屋とは言えない、絶妙に言い表しにくいほど、ごちゃっとした部屋である。
足の踏み場がない、洗い物がたまっている、カビが生えたといった、大多数の人が「汚部屋」と言われたときに想像するような部屋ではない。しいて言えば、稀に掃除機をかける程度なので、髪の毛やほこりがたまっているといったところであろう。
私自身はあまり汚いとは思っていないが、人によっては汚いと思われるような部屋で毎日を過ごしている。私の交友関係の中で見ても、部屋がきれいな子もいれば汚い子もいるので、ジェンダーの差ではなく、圧倒的に個人差に依存しているというのが、先ほど出した疑問の答えであると考える。
女性だからといって必ずしも綺麗な部屋に住んでいるわけではないにしろ、父親に一時間掃除させてしまうような部屋は、一刻も早く脱却していきたい、これが2025年の目標である。
それでは、この目標を達成させるためには何が必要なのであろうか。私はこの問いに対して「人は人の目があればある程度小ぎれいにする」という説を推したい。大学2年生までは、一部屋に二人形式の大学寮に住んでいたため、自信をもってこの説は確実であると言える。
寮時代では相部屋の人がいるため、相手の目を気にして定期的に掃除を行うといった、綺麗にする努力をしていた。しかし、一人暮らしになったことで、自分以外の人間が自分の生活空間を見ることがなくなり、妥協が増えていく一方である。
しかし、私が推している説は、個人のプライドの高さが大きく関わっていると考える。人にどう思われてもいいと考えている人には、全くもって関係がない説である。
人の目が気になってしまう私にはこの説が有効なため、2025年は頻繁に友達や知り合いに来てもらう必要がある。友達に家に来てとお願いすることは、精神的コストがかかる場合もある。しかし、それを除けばきれいな部屋と友達との楽しい時間が待っているため、楽しみという自分のための時間を設けて、掃除を行うことを前提にしようと考える。
2025年は、父親からの時代錯誤な言葉を跳ね返せるほどのきれいな部屋の状態を維持したい。これこそが、2025私の宣言である。
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