親からの愛を遮断していたのは私。やっと言えた「産まれて良かった」

わたしは、愛情を受け取るのが下手な子どもだった。そして、父も母も、愛情を伝えるのが下手な人たちだった。親子だからといって、家族だからと言って、上手くいくとは限らない。
中学生の時、両親と思いっきり、真正面からぶつかったことがある。わたしは、友達と上手く行かなくて、クラスにも馴染めず、孤独だった。「学校に行きたくない」この一言を伝えるために、どれだけの勇気を込めたか。そんなことすら知らず、父も母も、頑なに休むことを許してはくれなかった。理由すら聞いてくれずに、「恥ずかしい」と、そう言って。いつもそうだった。
「わたし」ではなく「世間体」を気にしていた。なんで、どうして?どうして、わたしを見てくれないの?わたしの叫びは、外に出すことはなく、内に内にと向かっていった。初めて、カッターで肌を切った感覚。流れ出てくる血は、全然美しくなんてなかった。その傷を見て、母は泣いた。父も泣いた。「今更なんなんだろう」自分の両親を覚めたような目で見ていた時のことを思い出す。何回も何回もぶつかった。
その度に、心ない言葉が飛び交った。「親不孝者」「あんたなんか産まなきゃ良かった」その言葉は、しっかりと今でもわたしの心に刻み込まれている。「こんな親の元、わたしも産まれてこなきゃ良かった。産んでくれ、なんて頼んでないよ」わたしは、確かにそう言った。
あれから、十年が経った。わたしは、結婚して県外に出て、実家に帰るのは年に一回になった。帰省する度に、どんどん小さくなっていく母の背中。どんどん白髪が増えていく父の髪の毛。旦那も交えて、晩酌をする。
酔うと決まって、父は目を潤めながら話す。「はるには厳しくしすぎたなあ…って反省してるんだよ、俺。ごめんなあ。こんな親の元で、そんな素直に育ってくれてありがとうな。やり直せるなら、もう一回やり直したいな」
やめてよ。やめて。そんなこと言わないで。わたしも、ひどいことを言った。まだ、それを謝罪することが出来てないのに…。母も隣で泣いている。旦那も心なしか、涙ぐんでいるように見える。
泣かないように、暗くならないように、明るい声でわたしは言った。「わたしね、お母さんとお父さんの子どもに生まれて良かったよ」やっと、やっと言えた。父も母も、不器用なだけで、わたしのことをちゃんと愛してくれていた。毎日お弁当も作ってくれて、送り迎えもしてくれていた。
気遣うような言葉を掛けてくれていたのに、それを遮断していたのは、わたしだ。見えていなかったのは、わたしだ。親だって一人の人間だ。
どうしてそれにもっと早く気づけなかったのだろう…。どうして完璧を求めてしまっていたのだろう。でも、後悔したって、もう遅い。過去に戻ることは出来ないし、未来を生きていくしかない。だから、これからはたくさん恩返しをしていきたいと思う。父と母の子どもに産まれて良かったよ。本当にありがとう。
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