幼い頃から仕立てられたピンクな自分。ママの好みは私を狂わせる

ママはピンクが好き、私は嫌い。私とママを分ける一言。
七五三でピンクの着物を着る私。ピンクでラメの入った絵具セット。衣装ケースに並んだピンクのシャツやスカート。でも私はピンクが好きじゃない。
私立の幼稚園に通っていた時、男の子は水色、女の子はピンク色で色分けされていた。ママが作った、かばんや弁当包みは真っピンクで、ヒラヒラが付いていた。小学生になって、私服登校になった。入学する小学校に知り合いは少なく、近所の小学生とも初めましてだった。入学したばかりの頃は、母が選んだ服を着て登校していた。
リボンのついたスパッツにスカート、ラメの入ったピンクのシャツ。自分で服をコーディネートした事が無かったから、かなりちぐはぐだったと思う。しばらくして、自分の服が周りとずれていることに気づいた。
私の小学校は田舎だった。学区が広く、私は毎日45分歩いて登校した。そんな学校にピンクのヒラヒラを着てくるような子は、なんか違った。なんか違うし、ママが好むピンクとかスカートとか、女っぽいしダサかった。黒っぽいジャージがかっこよかった。
そのことに気づいてから、私はピンクを避けるようになった。ママと一緒に服を買いに行くと、そういう色の服を勧められたが、のらりくらり避け続けた。そのうち、ママがピンクのものを買っていることに気が付いた。時々出てくる真っピンクの財布、ハンドバック、キーケース、スマホケース。その色が好きと一目でわかるようなものだった。
中学校は中学受験をして中高一貫の女子校に進学した。地元ではお嬢様学校と呼ばれていた。田舎で走り回っていた私にとって、気の進まない進学だった。しかしママは地元の中学に進学させたがらなかった。地元の中学は評判が良くなかったうえ、地元の人と関わりたくないとママが思っていた。
中学に入学してもう私は抜け出したかった。休み時間にトイレに行くと、洗面台の鏡の前に群がって、校則違反のピンクのリップを塗りなおす。体育の後に使用される制汗剤の甘ったるいにおい。いつまでたっても終わらないおしゃべりにうんざりした。いかにもピンクな同級生や上級生が多く、辟易した。彼女たちを見るだけでイライラした。高校は受験して共学に行った。
私がもうピンクを受け付けなくなったころ、ママはピンクが好きなのだと理解した。しかし私にとってピンクは化粧ばっちりの気の強い「おんな」の象徴だ。
もっとも、ママもそうだったが、それはとても厄介であった。家では、ママの意向をうかがうのが当たり前だった。ママと買い物に行くと、ママが好むようなものを無意識に選ぶときがある。たいていそれはあの子たちが持っていたものに似ている。
それを見ると、気が重くなる。私の意志に反した自分に落胆する。小学生以前の、ママ好みに仕立てられた自分に戻ったような気がしてしまう。学校に行くたびにイライラしていた自分を思い出す。
ママの好みは私を侵食している。わたしの感覚を狂わせる。
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