中学1年生、人生で初めての彼氏が出来た。同じクラスで段々と仲良くなった剣道部の彼。告白は彼から。漫画みたいに、放課後の体育館裏だった。

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両思いかなとは思っていたから、素直に嬉しかった。

同時に、初めて出来た彼氏という存在に、恥ずかしさと、戸惑いと、動揺もあった。少女漫画では読んだことがあるけれど、実際に付き合うって何をしたらいいんだろう。それに、学校では、同じクラスで毎日顔を合わせないといけないし、恥ずかしくて顔も見られないかもしれない。

きっと彼も告白することを、男友達に報告していたのだと思う。

次の日、教室ではやっぱり恥ずかしくて一言も話せないまま、下校時間になった。廊下で男子にさっそく「○○と付き合ってんだろ」 と茶化された。私が笑って言い返せる性格だったら良かったのだけど、昔から人の目を気にしてしまう私としては、恥ずかしさが勝ってしまい余計に動揺した。

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まだたった11、12歳くらいで、彼氏彼女という関係性に気恥ずかしさを感じ、彼とは教室で全く話さなくなってしまった。少し前までは、あんなに楽しく話していたのに。

その頃はまだ携帯電話も持つか持たないかくらいの時で、同い年で持っているという子は少数派だった。友人とは交換日記や手紙でやり取りをしていたくらいだ。

彼とは手紙のやり取りもしていなかったし、家の固定電話に電話するほどの勇気もないし。直接話さないとなると、どうして彼と付き合っているのか分からなくなった。きっと周りからも、本当に付き合っているのか?というような状態だっただろう。

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そんな状態のまま年が明けて、バレンタインが近づいてきた。恋人同士の一大イベント。どうやって手渡すかという課題は残るものの、もちろんバレンタインの準備はしていた。

例年通り、母とお菓子を作って、ひとつだけ本命だと言わんばかりの大きめの箱に入れた。もちろんそれが彼用だった。中学校は原則お菓子は持ち込み禁止(みんなコソコソ持っていっていたけれど)。先生に見つからないように、でも連絡手段もないまま、どうやって彼に渡そうか。

作った翌日は渡せなかった。次の日もなかなかタイミングを掴めないまま、そろそろ渡さないと食べられなくなっちゃうよなと思っていた時、下校時間になって、生徒がひとりまたひとりと教室から出て、一瞬だけ、彼と教室に2人きりになった瞬間があった。絶対に、タイミングはその時だった。

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でも、あと一歩が出せなかった。声をかける勇気が出なくて、彼は教室を出て行ってしまった。
どうしよう……。そう思っていたら、廊下で、一言二言くらいは話したことがある、彼と同じ剣道部の女子を見かけて、彼女にすがるように、これを彼に渡してくれないかとお願いした。快く引き受けてくれたのだが、 翌日、彼女が彼と部活で喧嘩してしまって渡せなかったと聞いた。

もう食べられなくなっちゃうし、良ければ食べてと伝えた。
結局、私の初めての彼氏とのバレンタインイベントはあっけなく終了。こんなんだから、渡そうとしていたことを彼に言うこともできず仕舞い。
友人づてに、彼から別れを告げられたのは、それから少したった頃だった。

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私があまりにも恥ずかしがり屋で、根性なしで。せっかく彼から告白してくれて、付き合う ことができたのに、ごめんね。
後悔してももう遅かった。
でもね、結局バレンタインのことは言えなかったけど、本当はあの時、ちゃんと用意していたんだよ。渡そうとしていたんだよ。

今はどこにいるかも、何をしているかもわからない彼。いつかまた会うことがあったなら。今だったら、あの時実は、って笑って言えるかな。