「医学生にバイトしている余裕なんてあるの?」

よくされるこの質問。余裕なんて、ない。でも医学生だってお金は使う。だからちょっと無理をしてでもバイトをしている。

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医学部は受験だけでなく、入ってからも大変である。特に専門科目が始まる2年次では基礎医学の膨大な勉強量に圧倒され、6年間で最も留年者が多くなる。このことは1年生の時に先輩たちから嫌というほど聞かされてきたので、1年生の春休みが終わる頃には来たる地獄の日々に戦々恐々していた。

2年生になってその意味を知るのに長い時間はかからず、私はファミレスでのバイトを続けるかどうか悩んでいた。バイト先で医学生を雇うのは初めてではなく、1学年上の先輩は2年生になってから長期休職していたので、私にも同じことが起きるのは想定の上で採用してくれた。しかしその先輩が帰ってくることはなく、1年休職したのち辞めてしまった。私も「戻る戻る詐欺」をした挙句辞めて迷惑をかけるぐらいなら、潔く今辞めた方がいいのではないか。悩んで店長やパート長に相談すると、「繁忙期に出てもらえるだけで十分助かるから一旦休職扱いにしてはどうか」と引き留めてくださった。もし戻って来れなそうならまたその時考えればいい、とも。私は辞めないで7月末までの3ヶ月間休ませてもらうことにした。

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飲食店なので定期的に検便を提出する必要があり、そのためにバイト先に顔を出すことがあった。そのたびに社員さんやパートさんたちが「久しぶり!元気にしてた?」と声をかけてくれた。大して仕事ができない上に長らく休んでいる身なのに、学校以外に居場所があることがただただ嬉しかった。

怒涛の試験ラッシュを乗り越えてバイトに復帰すると店長、社員さん、パートさんみんなから温かく迎えてもらえた。休職中に様々なことが変わっていたり知らないバイトの学生が増えていたり戸惑うことは多かったが、お盆に帰省せずに連勤しているというだけで喜ばれていた。

しかし、その場に存在しているだけで喜ばれるのはそこまでだった。わたしは平日の夕方などファミレスの空いている時間にシフトに入ることができず、オーダーなど新しい仕事を練習する機会がなかった。しかも他の学生よりテストで休む期間が長いので、後から入った人たちにどんどん先を越された。つい先週まで一緒のポジションで頑張っていた人が、気づいたら新しい仕事を任されていて、次の週にはその人に自分ができないことを頼む。そんなことが何度も続いた。

中間帯で私とベテランパートさん2人だけになる時は、私は出来ない仕事が多いので実質ベテランのワンオペ状態になる。「中間帯はボロボロになるから嫌なんだけど」とパートさん同士が私に聞こえる距離で話しているのをただ黙って聞くしかなかった。気づいたら、私はお荷物なベテラン新人となってしまっていた。

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両親に悩みを明かすと「バイトだからそこまで気負わなくてもいい」と言ってくれた。しかし、仕事のできない私となんでもこなすパートさんは同じ時給だ。この状況に甘んじていることが申し訳なくてしょうがなかった。

女性が出産や育児で休職したり時短勤務になることで昇進が妨げられる「子育てペナルティ」は昨今よく耳にする。これは医師も例外ではなく、女性医師の場合は妊娠出産の適齢期と一人前の医師になるのに重要な専攻医・専門医の期間と被るため、家庭と仕事のどちらかを迫られる女性医師が多いと聞く。実際、かがみすとの中にもそんな方がいたようだ。

子育てペナルティに比べたら私の悩みなんてちっぽけだ。しかし休職して遅れをとったのは未来予想図かもしれず、この問題が他人事に思えなくなってきた。休職制度や復帰後の受け皿があれば解決するわけじゃない。けれども、必要なものを補うのはとても難しい。そもそも何が必要で、どうやったら補えるんだ?

たかがバイトの休職だが、この問題の一隅を垣間見た気がした。