三十年ほど前、友人と香港を訪れた。中国語が堪能な彼女には行きたい場所があり、一日だけ自由行動することに。好奇心旺盛な二十代半ばの私は、ガイドブック片手にてくてく歩いて見物してまわった。

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が、元々ひどい方向音痴。迷子になってうろつくうちに不思議な路地へたどり着いた。

そこは鳥と鳥関連の店が並ぶストリート。多種多様な鳥が鳥かごの中でさえずり、闘犬ならぬ闘鳥なのか賭け事に興じる男たちも。感心して眺めていると、白ひげを長くたらしたおじいさんが笑顔で手招きし、隣で見物させてもらうことに。ルールや言葉がわからずとも周囲のおじさんたちからお茶や豆をもらい、私も日本のチョコレートを配って大いに盛り上がった。

やがて賭けが終わると、おじいさんが店でさえずる小鳥を指さし「欲しいか?」と訊ねた。私がジェスチャーで「好きだけど飼えない」と伝えると、店のおばさん(奥さん?)に何かを持ってこさせた。

それは――木製の丸い鳥かご。艶のあるあめ色をした木彫りの枠に、止まり木や可愛らしい陶器の水入れまでついた見事な出来だ。

「あげよう」
「もらえません」

押し問答の末、ほんの小銭程度で譲られた鳥かご。大通りへの行き方も教えてもらえ、力強く握手を交わして別れた。鳥かごは大切に日本へ持ち帰り、長年インテリアとして重宝した。

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返還後の香港にもあの通りは残っているだろうか。再訪してみたいが、いい思い出のまま心にとどめたい気もして――足を向けられずにいる。