寿退社の噂。女性であるというだけで、それまでの努力は無視された

「女だから」「若いから」「そのうち辞めるだろう」——そんな言葉に、どれほど心を傷つけられてきただろう。社会に出てから、わたしは何度もそういった“色メガネ”で見られていることを感じてきた。でも、その中でも特に強く心に残っている出来事がある。
それは、わたしがあるプロジェクトを担当していたときのことだ。忙しさがピークに達し、効率よく進めるために、他部署に一部の業務を依頼することにした。それは上司とも相談し、業務分担として正当な判断だった。しかし、しばらくすると社内で妙な噂が流れ始めた。「あの子、寿退社するんじゃない?」と。最初は冗談かと思っていたけれど、次第にその噂は広がり、わたしの耳にもはっきりと届くようになった。
噂の出処を探ると、その噂の発端は、業務を依頼した先の部署の一部の人たちだった。依頼をしたことをきっかけに「仕事を押し付けてくるなんて、結婚して仕事を辞めるつもりなんじゃないか」と、影で言われていたのだと知ったとき、正直言って、怒りよりもショックの方が大きかった。
わたしは、ただ業務を円滑に進めるために役割分担をしただけだ。それなのに、「女だから」「そのうち辞めるだろう」という偏見で、わたしの行動はねじ曲げられて受け取られた。仕事に対する真剣さや努力は一瞬にして無視され、結婚や退職といった“女性特有のライフイベント”が勝手に結び付けられてしまった。
わたしはこれまで、誰よりも仕事に誠実に向き合ってきたつもりだった。成果を出すために遅くまで残業することも、責任のある仕事を引き受けることも少なくなかった。でも、その努力や姿勢よりも、性別や年齢といった表面的な部分だけで判断されてしまう。このとき、わたしは強く思った。「女だから」という色メガネは、こんなにもビジネスパーソンとしての一挙一動を歪めてしまうのか、と。
しかし、この経験はわたしにとって、ただの悔しさだけでは終わらなかった。むしろ、色メガネをかけられることで、わたし自身も無意識に誰かを偏見で見ていたのではないか、と気づくきっかけになった。たとえば、力仕事に対して「男性社員にお願いしよう」とむやみに決めつけたり、会食の場では「女性が率先して食事を取り分けなきゃ」と思ったり。そうした先入観のフィルターを通して見ていたのは、わたしも同じだったのかもしれない。
だからこそ、わたしはビジネスパーソンとしても、また私生活においてもジェンダー面での色メガネを外す努力をしている。その人の姿勢や成果、考え方にきちんと目を向ける。誰かの行動や言葉の背景には、きっとその人なりの考えや事情がある。先入観を持たずにしっかり向き合い、相手の本質を理解しようとする姿勢を、さまざまな場で大切にしたい。
色メガネを外して見た世界は、想像以上に広く、そして温かい。先入観を捨てることで、これまで気づけなかった相手の強みや魅力、意外な視点が見えてくるようになった。
そして、誰かを色メガネで見てしまいそうになったときは、必ず立ち止まって考えるようにしている。「本当にそれは、その人の本質を見ているのか?」と。この問いを忘れずに、わたしはこれからも、色メガネをかけずに、真っすぐに人と向き合っていきたい。
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