「顔で選んだ」

離婚の話し合いをしているときに、彼に言われた。悲しいとか怒りよりも先にわたしは思った。

「ああ、やっぱりなぁ」

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彼とは19歳のときに出会った。もう5年一緒にいる。とても優しくて、私のことを本当に大切にしてくれる人だ。私は彼がとても大切だった。顔で選んだ、かぁ。

じゃあ、一体私は何で彼を選んだのだろう。今から思うと、私に足りなかったものを彼に求め、依存していただけだった。自分にないものを彼に求めていた。本当はずっと、そのことに気がついていた。自分の至らなさに目を逸らしていただけ。毎日泣くほど辛かった仕事をしなくてよかったのは幸せだったけれど、ずっと、ぬるいお風呂に入っているみたいだった。

「あなたにとって都合のいい男だね、彼は」

友人達は総じて言った。

「彼が好きじゃない。好きな人と一緒にいたい」

と漏らす私に

「愛のある結婚はお互いの自立がないと難しい」

そう、言われた言葉を思い起こした。

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ちなみに好きじゃないのに結婚した理由だが、私は付き合っている段階で、私は彼に別れてほしいと告げていた。が、脅迫されて別れられなかった。今から思うとどんな手段を使ってでも逃げればよかった。けれど当時の私に居候させてくれるような友人もおらず、色々な事情があって両親の元に帰る事も難しかった。彼はそれを理解して脅してきたのだろう。

そこから私はグレた。
彼といつ別れてもいいと思うと何でもできた(詳しい内容は割愛する)結婚しているという状況を最大限に利用した。そのことは彼も知っていた。けれど、それでも一緒にいてほしいと言った。私は「無敵の人」になった。なってしまった。まるで「闇堕ち」のような状態だった。物語によれば闇堕ちしたキャラクターの多くは幸せではない。

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冒頭に戻る。

「顔で選んだ」と言われて納得した理由だが、理由は至って簡単。彼とは心の触れ合いが全く出来なかった。

彼は私のことをよく理解していたが、それは1に2を足したら3になるという、いたって理論的なものだ。感情的な触れ合いは皆無。
私は結婚生活を送る中、身体の表面をさらさらと撫でられているようで、それは気持ちの悪い感覚だった。

世間的に見たら恐らく私の方が30倍は悪い。私は彼に求めるばかりで、はたして彼のニーズを満たしていたのだろうか。そんな疑問も残る。でも、限界だった。
好きじゃないのにそんなことしたくない!一緒にいたくない!
そんな心の声が大きくなった。

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最終的に、彼の顔も声も何もかもが気持ち悪くなり、しまいには家で食事が摂れなくなった。
一日一食、外で食事をする日々が続いた。彼がいる家にいる事も精神的に難しく、彼が寝てから帰宅していた。

そして全てのことが積み重なり、(私が)精神的に限界になり、離婚に至った。

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「顔で選んだ、かぁ」

離婚を突きつけられた彼の、最後の意地からくる言葉だったのかも知れない。彼人を傷つけることをしない人だ。その彼が言ったのだから。

脅してきたこと全部ひっくるめても、彼は本当にいい人だったし、私も自分の幸せを求める一人の人間だった。ただ、それだけのこと。彼と一緒にいてもずっと寂しかったことは確かだし、反して彼と一緒にいる時間が必要だったときもあった。絶対的に味方になってくれる人も、養ってくれる人ももういない。この先がどんなに大変だとしても私はこの道を選んだ。

この選択に後悔はしていない。さよなら、ぬるくて幸せな日々。