テルの話を聞いてください。

テルは今年85歳になる私の大叔母です。

我が家から車で15分程離れた団地に住んでいて、当時、私の母は時間ができると幼なかった私を連れて彼女の家に行き、たわいもない話をしていました。

テルは私を可愛がってくれることもなく、自分の話ばかりするような人でした。大根がいつもより10円安かった話、ご近所さんの噂話等です。子どもだった私には全く興味のない内容でした。
母との話が途切れると、私をじっと眺めながら「うちの子は男だから、女の子と何話していいのかわからないのよねー」とそっぽを向いて、母と次の話を始めました。

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テルの旦那は、無口です。いつもタバコを吸って茶の間でテレビを見ています。
私が遊びに行っても気の利く話などしません。会うと、ぺこりと頭を下げるだけです。
テルの1人息子の名前は、マサオです。
高卒で入った工場で上司から注意され、それがきっかけで家に引きこもるようになりました。あれから30年以上経ちます。

私はそんなテルもテルの家族も苦手でした。
会いに行っても歓迎されないからというのもありましたが、それ以上に憧れが全くなかったからです。
唯一いいなと思うのは、家族全員健康なことです。
冴えない一家が冴えない所に住んで、冴えない子どもを産んで育て、冴えない毎日を送っているのです。

そんなテルにも色々なことがあったことを知ったのは、最近でした。

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テルの母はテルを産んでから5年ほどで亡くなりました。
小さな酒屋を営み、昼から酒を飲んで顔を赤くしているテルの父を横目に昼夜問わず働いていたので無理がたたったのかもしれません。
ただでさえ貧しい家は、ますます貧しくなりました。

自営業の危うさを身をもって知ったテルは、公務員との結婚を希望し、それを叶えました。
相手の見た目は気になりませんでした。毎月確実に収入があれば良かったからです。
10歳以上年上なのも気にしませんでした。
子どもを授かったのを知ったのは、結婚してから1年後でした。しかし、夫はあっけなく世を去りました。持病の心臓が原因でした。お腹には日々育っていく子どもがいます。
テルは困りました。配偶者を失って悲しいという気持ちより、今後の自分とお腹の子の生活への不安しかありませんでした。だから、お腹の子とはさよならしました。その子は女の子だったそうです。

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そしてすぐに次の配偶者を探しました。当時は知り合いが紹介してくれることが多かったので、すぐに次の相手が見つかりました。相手は1度結婚した経験のある男でした。前の夫同様、ときめきはありませんでした。でも前回同様、公務員で収入的に再婚相手に相応しい男でした。

だから今の夫との間に出来た子どもは、生まれただけで嬉しかったのです。勉強もスポーツも不得意でしたが、テルの子です。いつも我が子が家にいてくれるから、引きこもりだって上等です。

我が子の同級生が結婚した、子供が出来たと噂を聞けば心が波立たないわけではありません。でも今のこの生活が幸せなんです。幸いなことに蓄えはあります。

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私はテル家族の成り立ちを知りませんでした。今の見た目や言動だけで判断し、その人の成り立ちや思いにまで思いが至らなかったのです。人は見かけによらない。
人の数だけドラマがある、というのは本当だと痛感しました。
それに本人にしかわからないこと、夫婦にしかわからないことがあるし、今の生活も本人達が良いならそれで良く、周りがあれこれ言うのは余計なお世話なのかもしれません。
あの時、テルが幼い私をじっと見つめていたのはお別れした最初の子を思い出していたのかもしれません。

それでも、私はテルを反面教師にしたいです。
私は見た目も内面もお洒落にゆったりと余裕を持つ生活を送りたいです。普段の行動範囲が近所のスーパーだけ、というのは遠慮したいです。

私は私なりの幸せを見つけていきたいと思うのです。