「他の人ともセックスしたい」。

そう言う彼に無意識に「うんうん」とうないていた。
だってこれまでも1人の人に縛られることのおかしさや、一生添い遂げることの無謀さ、ポリアモリーは人間のあるべき姿なんじゃないかっていう会話を2人で何度となく話していたのだから。

だけれども「だからって大事な人への愛情が減るわけじゃない」とか「彼女という存在はきみだけだし」と話し続ける彼に「う…ん…」と頭と体は徐々に違う反応を示し出した。

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「あれ、おかしいな。わたしそういうの賛成って感じのスタンスでいたはずやのに」と自分の反応に自分で混乱する。
頭の中がフリーズするというか、痺れてるというか、「こういう状況ではこう反応するのがよい」とか「この場合はこう返すのがよい」とか、これまでの半生で積み重ねてきた社会性からの正しい答えが上手く噛み合わない。
自分が薄っぺらい紙みたいにも、うすく立ち上る煙みたいにも感じらて、体が透けてあっちが見えるんじゃないかって思った。うまく表情がいうことを聞かないから作り笑いをするのに必死だった。

いつものように海で夕陽を見て、いつものようにタコスを食べて帰る週末だったはずなのに、さっきまであんなに赤々ときれいに見えた夕陽が、オレンジに染まった海が、いい感じの街のあかりがぐにゃりとくすんで見える。

「いつも話してた一般論ではなくて、わたしらのことについて話してるんやんな…

やっとそう思い至って初めて、これまで2年間の彼の点だった言動が線になって面になる。

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結婚や子どもを産む話になると断言しないけど積極的ではない態度、「彼氏・彼女」という呼び方は所有物みたいで好きじゃないという発言、一緒に住んでいた家からわたしが引っ越したいと言ってもあげようとしなかった重い腰、付き合った当初から話していた3Pやってみないかという誘い……。
彼は1人だけを好きになることができない人なんだ。やっと重い文字になって頭に入ってくる。

わたしはどうだろう。
自由な考えを持つフリをして、理解がある風でいたくて、ポリアモリーみたいなことはアリだと言ってたんじゃなかったか。

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改めて考えてもそうした生き方を好む人がいることは本当に否定しないし、全くおかしいことだと思わない。他の人に起こることであればやっぱり何も問題ない。
だけど、だけれども。
わたしはいやだ。
わたしだけのことを想っていてほしいし、わたしたちだけの時間を、歴史を、持ちたい。持つことを前提の関係でいたい。

この先気持ちがどう変わるかなんて計り知れないし、別に好きな人ができることだってもちろんありえる。
でもそれを大前提として最初から誰かいるという関係はムリだ。他の人のあり方がどうか、ダイバーシティがどうかは関係ない。わたしはいやだ。それが自分の身に起こって初めてわかった。

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大好きで楽しくて刺激になって自分が自分でいれる証明みたいになっていた彼の存在。
一緒に旅をし、寝転んで本を読み、ごはんを作り、音楽を聞いて踊って、映画を見て、山ほど笑って、たくさん話して、いっぱいセックスをした。
この話になるまで流れていたその時間を断ち切るのが怖すぎて、寂しすぎて、悲しすぎて、わたしにそんな力なんかないように思えた。

でも、わたしはそれでいいのか。
本当のことが見えてるのにそれでいいのか。
これ以上わたしがわたしを騙し続けていいのか。
サヨナラを言いに行って、それでもわんわん泣くわたしをどうすることもできない男と幸せでいられるのか。

わかってる、この関係では幸せになれない。
だから泣きながらでも次の一歩を進むしかない。

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そして翌週からジムに週3で通い始め、髪を30センチ切ってドネーションし、ついにサーフボードを買い、ずっと習いたかった歌に申込み、引っ越した。
全部泣きくれる日々の中でやって、これくらい動かないと進めないくらいまだダメージはあって、後ろ髪引かれてる証拠みたいでなんか嫌だけれど、なんだっていい。
果敢に動くわたしをわたしは好きだし、サヨナラから始まることがちょっとずつ顔を出してきていて傷が回復してきている。

今日は合鍵も海に捨てに行ったものの名残惜しく波打ち際に落ちた鍵を見ていたら、めちゃくちゃでかい波にざっぱーんって鍵は飲み込まれパンツまで濡れて、もういいから次行けって言われたみたいで気分がいい。

進め進め進め、わたし。
大丈夫だ、わたしたちは大丈夫だ。