「避妊してえらいでしょ」付き合って4年、色めがねに亀裂が入った

自分を大切にしようと思えたとき、相手のこころが見えた。
それが、色めがねに亀裂が入った瞬間だった。
もともと私は、自分に自信がない人間だった。
こうしたい、という意思はある。けれど、果たして本当にそれでよいのかと迷い、迷った結果、現状維持でいいという結論に至るのが常である。
そんな当時の私には、かれこれ4年間付き合っていた男性がいた。その人は、自信にあふれ、自分と周りを大切にできる人だった。あの人の姿に、私は憧れていた。褒められ慣れていない私だったけれど、あの人は、私以上に私のことを褒めてくれた。そして、沢山の美味しいものや旅先での様々な景色に出会わせてくれて、私だけでは決して得ることができなかった経験をさせてくれた。
あの人の言葉、あの人がくれた人生経験が、少しずつ私に自信をくれた。
そして、その自信は、自分を大切にするこころを育んでくれた。
だからこそ、私はあの人との付き合いのなかでの違和感を無視することができなくなっていった。
最初の違和感は、あの人に低用量ピルを勧められたときだった。
特に低用量ピルを飲むほどに、生理周期が大幅にずれて困っていたとか、生理痛が重かったわけでもなかった。けれど、あの人は“ピルを飲んでほしい”と、事あるごとに言ってきた。
根負けした私は、低用量ピルを飲み始めた。すると、あの人は早々に避妊をしなくなった。
最初はざわざわした気持ちになったものの、“この(避妊しない)方が気持ちいい”と言われてしまえば、私の気持ちよりも、あの人の気持ちを大事にしてあげることが、あの人を大切にするということだと思ってしまった。なによりも憧れていた彼に、嫌われたくなかったのだ。
そんなある日、もし妊娠してしまったらどうするのか、とふとあの人に聞いたことがある。子供が嫌いだったあの人は、それほど悩むことなく、“下ろすお金はあるから心配しないで”と言うのだ。そういうことじゃないのに…と思うのと同時に、あの人は私の身体の心配をするよりも、自分に不都合な事実はお金で解決しようとする人なのだと思った。
そんな不信感もあり、私はあの人に避妊をしてほしいとちゃんと伝えるようにした。自分の身体は、自分しか護れないと思ったからだ。はじめは冗談半分で聞き流されていたけれど、渋々と避妊をしてくれるようになった。なんだかんだで、私のこと大切にしてくれていると嬉しくなったのも、束の間だった。“ゴム使うようになってえらいでしょ”と、あの人は言った。
私は今でも分からない。避妊をすることの、何がえらいのか。
きっとあの人は、私のことなど好きではなかったのだろう。それなりに楽しめて、セックスできる『女』だったから付き合っていたのだろう。あの人にとって、女は自分を悦ばせるための道具だったのかもしれない。
付き合って4年目で、私はようやくあの人に色めがねでみられていたことに気づいた。
このとき、私は初めて、「別れよう」という意思を行動に移した。
私は自分への自信のなさから、あの人への憧れを強く抱き、あの人の色めがねに晒される自分を許容してしまった。
あの人から色めがねをかけて見られていたけれど、お互いさまなのだろう。私だって、憧れというフィルターで、色めがねを濃くしていたのだろうから。
だけど、自分を大切にしようと思えた時、あの人に対する憧れは、私が勝手に抱いた幻影だと気づいた。
きっとこの先、様々な色めがねに晒され、そして自分自身も知らぬ間に色めがねをかけて、他者と関わっていくのだろう。自分自身がかけた色めがねのせいで、色めがねに晒されていることに気づかない。
色めがねがなくなることはないのだろう。
だけど、私たちは自分を大切にすることで、色めがねに左右されない意志をもつことができるのではないだろうか。
意志が、私を惑わす色めがねから護ってくれると信じている。
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