社会が変わるのは正直怖い。それでも、理解しようとするのを諦めない

「僕たちの家族についてお伝えしたいことがあります」
Instagramを眺めていたとき、眼前に飛び込んできた一件の投稿に世界がひっくり返ったような思いがした。私が長年推してきた芸能人カップルが、ある日突然離婚したのだ。
取材ライターとして仕事をする私の夢のひとつが、そのカップルにインタビューすることだった。若くしてテレビやメディアに引っ張りだこの人気者になり、人気絶頂の最中に永遠の愛を誓い合った憧れのカップル。アメリカンレトロなファッションセンスやインテリア、カラフルな生活は胸がときめくかわいらしさでいっぱい。そのイメージに反して、ふたりの口から語られるパートナーシップや子育てにまつわるエピソードはすべてに奥行きがあり、愛情たっぷりで、学びが多かった。
イクメンオブザイヤーを受賞した彼が「パパだから、ママだからこうあるべきという感覚がそもそもない。お互いを思いやって育児に参加することは当たり前のこと」と、“イクメン”というワードに真っ向から疑問を投げかけた授賞式でのコメントには、身体中に電流が走るほどの衝撃を受けた。「この人が、日本社会を変える一人になるのかも知れない」親として、パートナーとして、人間として、尊敬することばかりだった。
そのうえ、自身は当事者ではないにもかかわらず、LGBTQ+をはじめとしたさまざまな人の生き方を認め、肯定する「ダイバーシティ」な社会の在り方を広めるために尽力していた。「誰もが自分らしく、ありのままで生きられる世界ができたら、みんなが幸せになれる。いろんな生き方があっていい」彼の言葉に触れ、共感を覚えた私自身も価値観が柔軟に、未来の社会に向けてアップデートされたような気がしていた。
彼の語る多様な個性が共存する社会を夢見ていたある日、私の世界は一変する。憧れだった夫婦の離婚。そして、彼が同性愛者であったことが公表されたのだ。最初に湧いてきたのは怒りだった。「あんなに素敵な旦那さんだったのに。今までの結婚生活は、すべて偽りだったの?」勝手に裏切られたような気持ちになり、彼の出演する番組は避けるようになった。
流れてくるネットニュースでは、“彼”、いや“あのコ”に対する批判の声が相次いでいた。中には決して言葉にしてはいけないようなことまであった。それらにはまったく共感することはできなかったけれど、少しずつ容姿が変わっていくあのコをSNSで見るたび、寂しさを抱いた。大好きな親友が、何も告げずにどこかに去ってしまったような、そんな感覚と近かったように思う。
そうして1年の歳月が経ち、あのコは本当にいなくなってしまった。信じられなかった。テレビのワイドショーも、連日あのコのことを報道している。翌日、パートナーである彼女からInstagramが投稿され、ようやくすべてが本当なのだと理解でき、一人スマホの画面を見つめながらぽろぽろ泣いた。
彼女の投稿を読み、私は何も知ろうとしていなかったことに気付かされた。この家族は、まるで何も変わっていなかったのだ。あのコは息子のために変わらず愛情を注いでいて、パートナーのことも変わらず愛していて、確かにそこには愛に溢れた家庭があった。「自分が在りたい姿で、生きたいように生きる」そんな最低限の望みさえ、あのコは押し殺して生きてきた。その苦しみや痛みを、なぜ想像できなかったのだろう。なぜ1年前、あたたかい言葉をかけてあげられなかったのだろう。怒りに飲み込まれ、ただ傍観するしかなかった私は、自分だけは違うと思っていた“色メガネ”を持つ当事者であったことを、このとき痛感したのだった。
あのコは何も変わっていなかった。一貫して、「すべての人が自分らしく、ありのままの自分でいられる世界」の実現を訴えてきただけ。自身の状況と発言との不一致をなくし、自らがその生き方を体現しようとしただけだったのに。何を勝手に裏切られた気になっていたのだろう。
正直、私はまだ色メガネを外しきれていないように思う。誰かが声をあげ、今まで生きてきた社会が変わってしまうことは、怖いとすら感じてしまう。でも今の私にできることは、相手の人生を認め、理解しようとするのを諦めないこと。後で悔やんでも、もう遅い。人がその人らしく生きることを、否定するなんてことは決してあってはならない。今、私が当たり前のように享受している、この幸せはすべての人が手にするべき権利だ。
社会がどう在るべきなのか、私がどう行動すべきか、その正解は未だわからない。でも考え続けることだけは、止めてはいけないと確信している。それが、あのコが教えてくれたすべてだと信じているから。
「相手を理解できなくても、認めることならできるよね」2021年に出版された、あのコの本の一節を胸に刻み、私は今日もこの社会を生きていく。自分の中にこびりついた、“色メガネ”と闘いながら。
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