私が眼鏡をかけ始めたのは小学六年生だ。一時期コンタクトレンズを使用していたこともあるが、コンタクトレンズには向かない眼球と医師から言われ、十年ほど前にコンタクトレンズの使用を完全にやめ、眼鏡のみの生活をしている。それもあって、お眼鏡にかなう、眼鏡が狂う、色眼鏡で見るという眼鏡関連の言葉は日ごろから気にしてきた。眼鏡が狂っているんじゃないか、などと言われたくないからだ。眼鏡ユーザーとして、色眼鏡までかけている余裕はないが、さて私は無意識に心の目に色眼鏡をかけていないかどうか、あらためて自問してみた。

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私はものごとを見るということに関して、文字の学習を通して衝撃を受けたことがある。

あの綺麗なレースの模様のような文字を書いてみたい、とアラビア語の勉強を始めた時のことだ。繋げられた文字をひとつひとつ覚え、どのように繋げて書くかを学んだ。学び、知ってしまったあと、もはやそれはレースには見えず、文字として認識してしまうようになった。一度知ってしまうと、知らなかったことにはできないのだなと、認識するということの本質と恐ろしさみたいなものを感じた瞬間だった。見え方が変わってしまうことが怖いと思った一方、レースのように見えたことが悪かったとも、文字にしか見えなくなったことが悪いとも思えなかった。それから十年以上を経た今では、見え方はいろいろあるが、その本質を見誤ってはいけない、と思うようになった。

このものの見方が仕事に活かされていると思ったのは、新人教育において、成果が評価された時だ。職場の全員が、仕事ができないと判定した新人社員を見違えさせ、職場全員の見方を変えた。

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たしかに、ミスは多いし覚えも早くはなかったが、「仕事ができない」と人が言うとき、その人の本質を見て言っている人がどれだけいるだろうかと思うのだ。どこにでもいる仕事のできない人、と括ってレッテルを貼ってはいないだろうかと思い、私は本人と一対一で向き合った。私が根気強く向き合うのを見たほかの社員たちも私に協力するようになり、職場の雰囲気が変わった。そんなことが、2社続いた。

色眼鏡を外して見ることも大事だし、ノイズキャンセルして聴くことも大事だが、私は色眼鏡を掛けて見ている人の意見も、ノイズを巻き起こしている声も、それはそれとして聞く。私自身はまっすぐに物事を見たい。

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日本に住んで、日本語が話せることに加えて英語の知識もあれば、なんだかなんでもわかったような気分になってしまうが、少し海の外に足をのばせば、たちまち読み書き会話がままならなくなる。そのことを思うと、自分の視野が思っているよりも狭いことにも気が付き、何かを信じるということに慎重になりがちなことを自覚する。

眼鏡ユーザーは、眼鏡をはずすということには慣れている。強度の近視の私が夜の街で眼鏡をはずせば、ネオンやライトの光が滲んで色彩が溢れるのだ。裸眼でしか見えない美しい景色もあるが、正確には見えていない。よく見るための眼鏡は、善く見るためのものでなければいけないと常々考えている。愛用の赤いフレームの眼鏡をかけて。