これから1人の女しか抱けない男になるあなたに、最強で最低な呪いを

20歳の頃、初めて友達が結婚した。
それはそれは幸せそうだった。
人生は長い道のりなんて言うけど、いろんな人生の道があるなと思った。でも同時に、いつか、結婚を理由に諦めなければいけない恋をすることがあったりするのかなと頭の隅で思った。
明日、あなたは誰かの旦那さんになる。
だから、今からあなたに呪いをかける。
どうか、人生最高の強気の私でいられますように。
どんな顔を見たって揺らがない気持ちでいられますように。
彼の目に映る私が、今までのたくさんの女の中で最高に堂々と美しい女でありますように。
これから1人の女しか抱けない男になるあなたに、最強で最低な呪いを。
「ねぇ、今夜私を抱いて」
彼とは趣味サークルで出会った。人懐っこくて気も使える彼からは愛嬌の裏に常にどこか危険な香りがしていた。
私はその日酔いに酔ってグラスを倒して割った。彼はそれを手際よく片付けて、「本当危なっかしいな」と言った。出来事としてはそれだけのことだが、その瞬間に私の中でなにかが噛み合う音がした。
その2週間後には彼から「好きだ」と伝えられると同時に、元カノが妊娠中で自分の子かもしれないからDNA検査をすると伝えられた。
出会った時から一筋縄では行かないだろうと思っていたが、もう好きになっていたし、何より彼は自分の子でなければ付き合おうと言っている。その言葉を信じたいと思った。おはようから仕事の休憩の始まり終わりまで細かく連絡してくるし、愛情表現だってたっぷりしてくれているし、彼に元カノを思うほどの余裕はないと思っていた。
だがしかし、妊婦健診に付き合ったり、話し合いに呼び出されたりする彼をみるたびに、どんどん不安が募っていった。でも、口に出せばきっと捲し立てるように自分を正当化するための言葉がとんでくるだろう。だから、そっか、とニコニコ聞いた。
あなたの1番の女の座を勝ち取るのは私だと信じて疑わなかったから。検査結果が出るまでは会わないことにした。なんならいい女はここで大人しくするのでしょう?と得意げな気分だった。
でも、しばらくして連絡が来たと思ったら、その期間元カノの家に入り浸っていたと顔色ひとつ変えずに話す彼をみて覚悟が決まった。
この男、信用のかけらもないな。
彼を知れば知るほど、私の中の全細胞がこの人を好きになってはダメだと叫んでいた。でも、ダメだと思えば思うほど、何か惹かれるものがあって、好きになった。苦しくなった。遊ばれているのは薄々気づいていたし、それでも久々に抱えた恋のほくほくを温かいまま手放すにはまだ寂しすぎるから冷たくなって傷つきつくして、抱える気力がなくなるまでは彼のそばにいたいと思っていた。でも、もう疲れた。愛されるためのいい女のフリは辞めよう。そう思うと随分本当の自分から遠く離れたところまで歩いてきた気がした。きっと本当の私はこんなもんじゃない。本当のいい女、強い女になれた時きっと私は私のことをもっと大好きになれる気がした。
彼は目を細める。NOの答えは受け付けない。
その行為がなんの意味をなすのか、本当の答えを知らなくても構わない。ただ、生涯を共にする女の前の最後の女が私であったことを、彼の人生で鮮明に残すことができればもう十分だ。あわよくば、奥さんを抱いた後、彼の頭の片隅に今日の出来事があれば、それはもう十分な呪いの効果発揮だ。
私は私の体を見た時のあなたの顔を一生忘れない。
もう守ってあげなきゃとかそんな甘っちょろい言葉はいらない。辻褄の合わないあなたとの時間の中で、私は私をもう守れるようになった。
それから1年が経って、彼から連絡が来た。離婚したから復縁しようと言う彼は相変わらず遊び人の風格で、父になったくせに女の子との関係を匂わせるような男のままだ。私は苦笑いをしながら首を振る。
「私、結婚することになったから」
あの日かけた呪いの効果はわからないが、間違いなく私にとっては初めて彼にとった強気の一歩だった。彼との日々で強くなった私は、自分の足で自分の道を駆け出した。
不倫や浮気とかいう言葉に追われ自分にも他人にも嘘をつき続けなければならないような彼との道と、胸を張って自分を好きでいられる道。あの日かけたのは本当は呪いなんかじゃなくて、今に出会うためのT字路の角だった気がする。きっと、これからも坂道も泥道もあるたくさんのT字路に出会うと思う。でもその度に悩んでちょっと傷ついて、それでも自分に胸を張って歩いていける私だけの道を進んでいきたい。
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