コロナが奪ったもの。友達との他愛のないごはん。好きなアイドルのライブコンサート。不意打ちのキスとシャッターチャンス。

しかし、コロナはそれらと引き換えに、もう一生話すことはないと思っていた、ある人との束の間の再会の時間を私にくれた。

2020年3月。遠い昔のできごとのようだが、まだ日本全体の新型コロナ感染者数が100人にも満たなかった頃。それでも少しずつ、その未知のウイルスへの恐怖がじわじわと人々の心を蝕み始めようとしていた頃。全く思いがけないある人からのテキストメッセージで、私のiPhoneの着信音が鳴った。開いてみると、それは1年半以上前に別れた元恋人からのメッセージだった。

世紀の大恋愛をした元恋人から届いた、感染を心配するメッセージ

彼はアメリカの大学院で博士課程に進むためにアメリカにいた。その頃アメリカでは、日本とは比べものにならないスピードで、新型コロナの感染者が増え続けていた。ニュースで発表される死者数も、毎日ものすごい勢いで増えていた。それによって、日本よりずっと早く外出が制限され、人々は外に一歩も出ることのできない生活を余儀なくされていた。

それで彼は、急に不安になったのだと言う。昔に別れた元カノが、遠く離れた地ジャパンで、自分の知らないうちに死んでしまったりしていないか、ということを。たとえそれが、共依存の果てにこれ以上ないくらい醜い形で別れた――正確に言えば浮気された――元カノであったとしても。

“for a moment last week I was actually quite petrified and panicked”
(先週は一瞬本当に怖くてパニクっちゃったよ)

と、彼は書いてきた。

“boredom is the last word I’d use”
(退屈したから連絡したっていうことだけは絶対ないよ)

最終的には裏切った相手とはいえ、約3年間にわたって世紀の大恋愛(と、当時は思っていた)をした相手だ。懐かしい人からの思いがけない連絡に思わず顔がほころびながらも、おいおい、本当か?と私は思った。

「昔の恋人に連絡しないで」という記事も、冗談が通じる彼なら送れる

ちょうど、英ガーディアン紙の、「Don’t text your ex: why self-isolation isn't the time to try to get your past love back(昔の恋人に連絡しないで――隔離生活が過去の恋人とヨリを戻すべき時でない理由)」という記事を、数日前に読んだばかりだった。

その記事は、過去の恋人から「最近どうしてるかなと思ってさ、連絡してみた」という類のメッセージが送られてくる、というのが世界的なトレンドになりつつあることを伝えていた。隔離生活により、人々が時間を持て余したり、感傷的になったりしていることが原因らしい。

「世界が終わるかもしれないと思って初めてあなたに連絡してきたということは」

と、その記事は続いた。

「あなたたちの間にはおそらくもともと縁がなかったのでしょう」。

辛辣に締めくくられたこの記事を、私は彼に送った。もちろんそういう冗談が通じる相手だからだけれど。

彼は笑いながら(というのは、もちろん文字のやりとりしかしていないから私の想像に過ぎないのだけれど)、「君はやっぱり僕の人生にとって大切な存在だってことに気づいたから、連絡したかっただけだよ。これまでに二人の間にあったいろんな誤解を差し引いても!」と言った。

あれだけもつれて終わった関係が元に戻っても、ハッピーにはなれない

それから約2ヶ月の間、私たちはほぼ毎日、昔みたいに連絡を取り合った。それは一言で言って、とてもすてきな時間だった。彼の研究のこと。私の新しい仕事のこと。彼からは、今度飼うことになったコーギーの仔犬の写真が送られてきた。私も、自分の所属する団体のために、私がデザインして作ったTシャツをみんなで着ている写真を送った。

「やっぱり写真送ってなんて言うんじゃなかったな」

と彼は言った。

「君がどれだけかわいいかってこと、忘れてたよ」

とも。

そしてその後すぐ送られてきたメッセージにはこう書かれていた。
「あー今のは取り消し。ちょっとふざけすぎたな」

そうは言っていても、彼が本心で言っていたのが私にはわかった。と同時に、彼がヨリを戻そうとしているわけではないことも、私にはわかっていた。あれだけもつれにもつれて終わった関係が元に戻ったところで、お互いがハッピーになるわけはないのだ。

一度だけ、ビデオ通話もした。1年半ぶりに見る、生きて動いている彼は、外出できないせいで髪が伸びっぱなしなところ以外は、最後に見た時の記憶通りの姿をしていた。お互いの姿がお互いのスマホに映し出された瞬間、全く同じタイミングで、全く同じように笑ってしまったのが分かった。それはこれ以上ないくらい幸せな数分間だった。

昔と同じようにケンカして、昔と同じように仲直りしたりもした。お互いがどんな言葉をどのようにチョイスして、それにお互いがどう反応するか、手に取るようにわかった。久しぶりの感覚だった。なんで私たちうまくいかなかったんだろうね、という言葉が、どちらからともなく漏れた。

「おそらくもともと縁がなかった」。記事の言葉を借りて終わりに

終わりは始まりと同じくらい唐突だった。ある日、私は彼に恋愛相談のような内容のメッセージを送った。次の瞬間、私は彼にブロックされていた。数分前まで彼の顔写真が映し出されていた彼のプロフィールには、今やグレーの人型が写っているだけで、私のメッセージは「送信」はされても決して「受信」されることはなかった。

すぐに謝罪のメールを送ったが、もう遅かった。私は最低な人間だ。私は人間のクズだ。かつて自分を裏切った元恋人に、他の男への恋愛感情を新たに告白される。これ以上酷い仕打ちがあるだろうか。

1年半経ってやっと立ち直り、日本のコロナの状況が心配になって(隔離生活によって情緒不安定になったことや、他にやることがなかったということもあるかもしれないけれど)連絡してくれた彼を、私は考えなしに送った一言で再びズタズタに傷つけた。

それまでのやり取りの中で、すでに二人は危ない橋を渡ってはいたけれど。もともと遅かれ早かれ終わることになる、儚い再会だったとは思うけれど。

ここに書き始めたこの元恋人との束の間の再会の話を、私はどう終わりにすればよいのか途方に暮れている。そもそも、こんなふうにしてこの話を書こうと思えるのは、私が2回とも裏切って、傷つけた側だからだ。いくらここで謝罪の気持ちや彼の幸せを祈る言葉を口にしたって、さすがに白々しすぎる。だから、英ガーディアン紙の言葉を借りて、終わりにしようと思う。

「私たちの間には、おそらくもともと縁がなかったのでしょう」