「一度歩いたことのある道は忘れない」というくらい、記憶力と土地勘の良さを自負している私でも香港では迷子になる。相変わらず迷路みたいだなあと、いかにも通な“香港迷”じみた独り言を発してみるが、実は2度目の香港旅である。まだまだ“香港迷”には程遠く、今のところはただの香港迷子でしかない。そうやってひとり“香港迷”ごっこをしながら探していたのは、インスタグラムで見つけたチョコレートショップだった。

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地図を見ながらハリウッドロードとクイーンズロードを何往復もした。狭い路地に続く階段を見つけ、「この階段を上っても見つからなかったら諦めよう」と思いつつ上ってみた。上りきった先に、なんと目指していたお店があった。実際に来てみると想像よりもこぢんまりとしていた。

コンパクトな店構えとは裏腹に、所狭しと並ぶチョコレートのバリエーションは豊かで、宝物が詰まった秘密基地のようだった。軒先には小さなテーブルとベンチがあり、花瓶に生けられたミモザの花が愛らしい。

控えめながらも優しさとセンスを感じた。いくつか持ち帰り用のチョコレートを買い、チョコレートドリンクを買って外のベンチで飲んだ。歩き疲れた身に、ほど良い甘さのチョコレートが沁みた。ここを行きつけにしようと決めたのはそのときだった。

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残念ながら、私が旅行をしてから1年も経たない頃にインスタグラムで「閉店のお知らせ」が投稿された。理由は明記されてはいなかったが、投稿された数枚の写真を見る限りでは地元の人にも愛されていたことが伝わってきた。

人は出会い別れるもので、人が暮らす街もまた移ろいゆくものである。あのお店を行きつけの場所にする夢は叶わなかったけれど、香港を私の行きつけの旅行先にする夢はまだ叶えられる。香港迷子を卒業し、いつしか真の“香港迷”になりたい。