好きな人が、好きな人とデートをしている。そんな日の夜に、眠れるわけがないと思う。

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私は、「結婚」している。といっても、「」をつけたのには意味があって、もう1年以上別居中だ。
原因は、夫の浮気だったりDVだったり。もう思い出したくない記憶がたくさんある。私は別れたいと思っているけれど、夫はそれでも、社会的体裁を気にして別れたくないらしい。「別れたい」と「別れたくない」の言い合いに、結論が出るわけがない。本当は弁護士に頼んだらいいんだろうけど、私はそんなエネルギーすら持てないでいた。

ぼろぼろだった私にとって、唯一心から笑える時間をくれたのが、「彼」だった。

彼は私の3つ下で、同じ職場の後輩。いつもみんなの中心でおちゃらけていているタイプ。素直じゃなくて、奥底にある真面目なところは出さずに、すぐふざけてしまう。生意気で、年下のくせに、敬語なんて使われたこともない。

そんな彼のことを、私はいつの間にか好きになってしまった。

彼の「優しい」はストレートな「優しい」じゃない。「大丈夫？」がほしくてちょっと落ち込んだ様子を見せてみても、「大丈夫？」はくれない。
でも代わりに、「ビデオ借りに行きたいからちょっとドライブ付き合ってよ」とか「餃子が食べたいから作って」とか、そんなことを言って、くしゃっと笑う。彼の優しさはそういう感じで、ちょっと回り道をして私に届く。

職場で顔を合わせるから、いつもよりちょっと気合を入れてメイクするようになった。
世間からは「不倫」や「浮気」ってラベルをつけられてしまう気持ちだった。

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初めて関係を持ったのは、1年前。夫のDVから逃げて別居し始めた頃、心も体もぼろぼろだった私に、彼はいつも通り何も聞かずに「飲みに行く？」と言った。
その日は日本酒を2人でたくさん飲んで、2人ともベロベロで、もう終電も無くなって、狭いカラオケボックスにとりあえず入った。真っ暗な部屋に、カラオケの「何にも曲が入ってない時のやつ」が流れる。

「好き」って、「付き合おう」って言える立場だったらな。
気づいたら涙が溢れていた。彼は私を抱き寄せて「そんな顔されたら間違い起こしちゃうよ」とだけ言った。

それから1年。2人の関係に名前をつけないまま、一緒に過ごした。何度もご飯を一緒に食べて、ホテルに行って、身体を重ねた。

彼は私を抱く前に、なんとなくまだつけっぱなしになっていた結婚指輪を必ず外してきた。あれは、どういう意味だったんだろう。

たまに腕の中で、「可愛いよ」「好きだよ」って言ってくれた。いつもは「ブス」とかってからかってくるくせに。

多分お互いあえて、「この関係ってなに？」とは言わなかった。言ったら終わりになることを、2人ともわかってた。

その代わりに私はいつも、「彼女できたら、教えてよね」って強がりを言った。そんな日が来たら、どうしようもないくらい後悔するくせに。

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そんな彼が今日、女の子とデートしている。
その子は私もよく知っている子で、私よりも若くて、元気で、可愛くて。「私にはもう歌えないな」と思う今流行りのアイドルの曲を、カラオケで可愛く踊りながら歌える子だ。

彼は「後輩としか思ってないって」って言うけど、私がどれだけあんたのこと見てると思ってるの。ちょっと嬉しそうにLINE返してるのだって、ちゃんと気づいてるよ。

そろそろ待ち合わせ時間かな。水族館行くとか、ベタすぎるでしょ。
水族館行ってそのまま解散はないよね、今頃2人で飲みにでも行ってるのかな。

いてもたってもいられなくて、「ねえ、早く貸してたDVD返してよ〜」そんな、絶対今日じゃなくていいLINEを送って、返信が来なくて泣きたくなる。

きっと明日、私は言われるんだろうな。
「あの子と付き合うことになった」かな。いや、「もうこの関係は終わりにしよう」かな。
名前のない関係なんだから、「終わり」って言わないでよね。でも彼は真面目だから、きっと言うんだろうな。

それとも、万が一にでも、「振られちゃった」とか、「思ってるのと違ったかも」とか、言ってくれないかな。
そんな可能性がないことはわかってるのに、そんな淡い期待をして自分を落ち着かせてみる。

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ちょっとだけ空が明るくなってきたけど、彼からの連絡はない。
きっとこのまま、朝が来るまで返事は来ないんだろうな。

そう思っていたら、通知がぱっと光った。
「明日DVD返すよ。その後少し話せる？」

朝の4時だけど。こんな時間まで一緒にいたの？
まだ、返事が来ない方がマシだったな。

明日振られるために、ちゃんと寝ないとと目をつむる。
全部夢だったとか、そんな朝が来ますように。