違う、そんなはずはない。妊娠を付き合っていた彼に告げた。超音波で写ったあの黒い画面に浮かび上がった白い赤ちゃんの写真を見せて告げた。

子どもが好きなんだよ。子どもができたら、毎日おもちゃを買ってきてしまう親ばかになるよ。一緒にめちゃくちゃ遊びたいな、と言っていた彼だった。お互いの親に報告、結婚届、引っ越しなど日にちを詰めて決めようとしたところで、彼の返事が一日、二日と遅れるようになった。

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それでもおかしいと思いもしなかった。仕事が忙しいんだ、を信じていたが、違った。彼はある日、逃げた。子どもが好きな彼は変身した。今じゃないんだ。今は仕事がしたい。親にも反対されている。他にもここで口に出すのはあまりに辛い発言を一生分聞いた。

毎日毎日泣いていた。人間はこんなにも人を簡単に傷つけて裏切って自分を優先させる事実を知って絶望した。日本で、田舎で、未婚で子どもを産むのはとてもハードルが高い。ましてわたしはかなりのネガティブ思考だった。悪いことしか思い浮かばない。どうする?

あれから。あの時の子どもは、17歳。高校2年生になる。あの時、産むのを決意したけれど、反対意見も多かった。でもこれだと思う決定打はなかったけれど、反対されるたびにそれでも産みたいと思った。

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どうしてだろう。あの時、一番よく言われたのは「相手に奥さんいたの?」。

相手は独身だった。ただ相手が逃げたんだよ。大きな声で言いたかった。心は激しく傷ついた。傷だらけでも産むと決めたのは、同じような日本全国にいる未婚の母と繋がりを持って話しあえたから。

インターネットで毎晩検索して、未婚の母に聞いた。それぞれ皆、理由があって傷つきながら、子どもを産み育てていた。たくさん心で泣いていたけれど、顔を上げて背筋伸ばして、生きていた。

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あれから17年。子どもも私もたくましく生きている。そしてわたしはふと、思った。あの時逃げた男、どうしているかなと。SNSで探したら、なんと本名で見つかった。そしてわかった。数年前に結婚して、ごく最近に子どもが生まれていた。

「親ばかになります」と書いてあった。息を飲んだ。顔がかーっと熱くなって、なんだか笑いが込み上げてきた。でもきっと、神様、わたしに今、あの人の消息を見させたのですね。

17年前に言われた理不尽を思い出して悔しかったけれど、でも私、子どもと幸せだったから大丈夫。気持ちは揺らがなかった。逃げた男よりわたしたち、幸せだと感じたから。たった1人の男に、人生を動かされたくない、とちゃんと心のなかで言えたわたし、随分強くなったなと思って泣けた。