もう随分昔のことです。私が生まれ育ったのは中途半端な田舎、いわゆるベッドタウンと呼ばれる街です。コンビニもスーパーも徒歩圏内にあり不便ではないけれど、昔ながらのパン屋さんも無人の野菜販売所もある。そんな町で育ちました。私は年子で長女。何をするにも妹と一緒で「お姉ちゃんなのに」と思っていました。「はじめてのおつかい」をて母にせがみ、パン屋さんに初めてのおつかいに行くことになりました。7歳でした。

◎          ◎

昔から勉強が好きで、英会話教室に通い学校でもいつもプリントは満点。お金の計算もバッチリです。おつかいに備えて、前日は早く寝ました。枕元には、母から預かったお財布。何着て行こうか、自転車で行こうか、そんなことを考えながら眠りにつきました。

あまりにも早く寝過ぎたせいか、張り切りすぎたせいか、目が覚めて6時にセットされた目覚まし時計を見ると2時でした。外は真っ暗で、こんな時間に起きていたことのなかった私はドキドキしました。両親の寝室に行くと、父はいびきをかき母は布団に包まり芋虫みたいになっていました。一度部屋に戻りましたが、退屈すぎて妹の部屋に忍び込みました。つついてみたり頭を撫でてみたり。いつも喧嘩ばかりしている妹でしたが、不思議と愛おしく思うものだと感じたのを今でも思い出します。 

◎          ◎

いつもは9時に就寝し、こんなにも夜が暗いことを知りませんでした。窓から外を除けば街灯の電気が切れかけてチカチカと点滅していました。あまりにも退屈で、テレビを見ることも考えましたが、それでは家族を起こしてしまいそうで、どうしたものかと考えに耽っていました。

そんな時、父の言葉を思い出しました。

「都会の空気は汚くて星が見えへんねんで。ほら見てみ、まだここの空気は綺麗からオリオン座が見えるやろ。季節によって見える星が違うねん」

そうだ、と思い立って私はパジャマのまま外に出ました。玄関の段差に座り込み、真上を見上げると確かに小さい星がいくつか見えました。それがまるで小さなダイヤモンドのようで「明日ママとパパに教えてあげよう」と心に決めました。パジャマのまま外に出ることも、こんなに高い空を見上げることも、1人でいることも、全てが非日常で静かな夜の音に耳を傾けながら少しずつ変わる空を見ていました。

◎          ◎

そうするうちに、今度は喉が渇いてきて家にお茶を汲みに行きました。普段なら「座って机のところで飲みなさい」と叱られますが、その叱る母が今はベッドで芋虫です。コップを持って外に出て、家の前の私道の真ん中でグビッと飲み干しました。その後、水筒を持ってきて玄関先で1人ピクニック気分を味わっていました。

そのうち、段々夜が明け時計は5時半を指していました。私は部屋に戻り、目覚まし時計をそっと切り、服を着替えおめかしをしてパン屋さんに向かいました。ママは明太フランス、パパは甘いの、妹はチョコレート。パン屋のおばちゃんと相談しながら決めていたらすごく時間が経っていたみたいで、家に着いたのは7時でした。

◎          ◎

家に着くと、心配そうな寝起きの母がいました。元気よく「ただいま!」と言いました。母はおかえりと言いながら少し困ったように笑っていました。そして、昨日の夜の空が綺麗だったこと、寝ている妹は意外と可愛いこと、母は寝ている時芋虫みたいになっていること、パパのいびきは不規則で面白いことを話しながら朝ごはんを食べました。もちろん、1人ピクニックは内緒です。

それからいろいろ経験しました。私は今21歳です。つい先日バイト先から一人暮らしの家に帰る時、空の星がとても綺麗であの日のことを思い出しました。今は家のベランダでお酒を飲む日もあります。たくさんの特別な経験とたくさんの美味しいものを飲み食いしてきました。でも、あの日道路の真ん中で飲んだお茶を超える美味しい飲み物に、私はまだ出会えてません。