桜が隅田川沿いを彩り、木の下で銘々に酒宴を繰り広げる人々を高速バスの中から覗きながら、緊張のあまり呼吸が浅くなる。

なぜって、以前応募して入選した小論文の表彰式を数時間後に控えていたからだ。

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人々はみんな楽しげに春のうららかな日を楽しんでるというのに、私は喉から胃が飛び出しそうになっていた。
恋人が心配してついてきてくれたので一人よりはまだマシだが、それでもしんどい。普段は地方の小部屋に引きこもって家事の傍ら作品を書いているので、見知らぬ人と集まった上に人前に立つ機会などほぼないのだから。

物事を大きく捉えすぎだというのは小さな頃からよく母に言われていたことだ。今回ももしかしたらそういう性質が出てきてしまっただけなのかもしれない。そう思うと少し気が楽になって、バスは上野に到着して私たちは降車した。

表彰式までは2時間ほど時間があったので、上野で小鉢ランチを食べ、アイスの抹茶ラテを啜った。緊張で熱くほてった身体にはとても心地よく、一瞬でラテを吸引してしまった。
あっという間に時が経つ。会場がある市ヶ谷に移動し三島由紀夫の御霊を探しつつ、マップを見ながら急足で歩んだ。

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今時のオフィスっぽいビルの6階に向かうと、開場時間になったためぽつぽつと参加者の姿が見え、その人たちについていく。会場となる部屋の中へ入ると、一番前に自分の名前が貼ってある席を発見した。他の人は所属している学校や企業が一緒に記載されていたが、私は空欄である。
なぜよりによって一番前の席なのか。左前にはカメラが設置されていてそれがより緊張度を高めた。他の人たちは「昨年もいましたよね?」と仲睦まじそうだった上に、私は応募者の中でおそらく一番年上なのに無職で無所属というものすごく肩身の狭い立場で、さっそく孤独を感じた。

バクバクしながら待っていると開始時刻になり、まず一人ひとり名前を呼ばれて審査員の方から表彰状を頂き写真撮影という流れに。
なんだか学生時代を思い出すなぁと少しほっこりしていると自分の番がやってきて、表に焦りを出さないように平静を装い前へ行き優秀作品賞と書かれた表彰状を受け取った。
それから様々な企業から来られた審査員の方の講評にうつり、主催者や実行委員の挨拶で締めくくって無事終わるかと思っていた。

だがしかし、そこから受賞者のコメントと簡単な自己紹介というナイトメアが始まったのだ。

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みんな短時間で思考を簡潔にまとめ、感謝とユーモアを交えながら話していた。ついに私の手元にマイクが回ってくると、あろうことか「無職で自閉で難病で……」と救いようのない暗然としたワードが思いがけず口から飛び出してきて、挙げ句の果てに「本当に私なんかが来ていいのか迷ったんですけど、彼氏と来られてよかったです」と後ろに座っていた恋人を紹介するという至極情けないムーブを披露してしまい、会場の空気が北極のようにガチガチに凍り静寂になったのである。

前に立っていた主催者の方がすかさず「実は障害を持っている人や不登校の人は天才が多かったりしますからね」と華麗なフォローをしてくださり、場は多少解凍されたものの、私はそれ以降羞恥のあまりずっと俯いていた。

その様子はもちろん撮影されており、リモートで遠くの受賞者にも配信されてしまっていたのだった。とんだ赤っ恥を晒してしまい数日引きずりそうになったが、きっと自意識過剰なのだと思い吹っ切ることにした。

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式が終わり、全員で記念撮影をして解散した。恋人に先ほどのムーブを謝ると、「むしろ紹介してくれて嬉しかったよ」といつも通りの"理解ある彼くん"っぷりを発揮してくれてホッと胸を撫で下ろす。理解ある彼くんという言葉は冷笑的で好きではないが、ぴったり当てはまるのでここに使用した。

後日送ってもらった写真の中の私は、両脇の審査員の方に挟まれながらぎこちない笑みを浮かべ、表彰状をやや斜めに持ってカメラの前に立っていた。多くの人がまっすぐ歩む人生という道を、斜めに進んできたことを自ずから表しているように。

帰りのバスでは後悔のあまり涙に濡れたが、とてもいい経験になった。今後もしこういったことに遭遇した場合、当たり障りのないことを言っておこうと固く決意した。