早く夜が終われと思ったのは、あの夜が初めてだった。
朝が来るなとか早く明日になれとかなら何度もある。心が死んだときとか旅行の前日とか。
でも、夜そのものを恨んだのは初めてだった。

あの頃、飲んだからホテルに行くのか、ホテルに行くから飲むのか、わからなくなっていた。
もはや飲む時間が面倒くさかった。さっさとホテルに行ってさっさと面倒くさい欲を発散したかった。現地集合、現地解散が理想だった。
最初の頃に感じていたモヤモヤした気持ちはとうに失せていた。私のこと好きなのかな、付き合うのかな、なんて気にすることもない。ただの習慣。毎朝起きたら水を飲むのと一緒だ。彼と飲んだらホテルに行く。それが当たり前だった。

◎          ◎

その日は、集合時間が早かった。
17時から適当に入った居酒屋で飲み始めた。
飲み放題も、いくつかの単品のお酒も飲み終え、時刻は20時。
2軒目なんて考えられなかった。おぞましいとすら感じていた。彼と普通の、友人としての時間を過ごすことが嫌だった。
今思えば、それは私の心が発していたエラーだったのだろう。友人と行う雑談と、男と行う体の交わりを、同じ相手とたった数時間でどちらも経験することに違和感を感じていたのかもしれない。
当時はそんな分析ができるはずもなく、ただこの男と飲むなら1軒が限界という思考だけを抱えていた。

事が終わったのは22時だった。隣では彼がイビキをかいて寝ていた。
疲れているんだろうな、と思った。それから出すもの出してスッキリしたんだろうな、とも。愛おしいなんて思わなかった。ただただ不快でしょうがなかった。そして彼に対してそんな感情を抱いたことが意外だった。

終電には程遠い22時。
今から着替えて駅に向かっても、余裕で電車に乗れる。日付は変わるだろうけれど家に帰って、こんな汚いベッドじゃなくて自分のベッドでゆっくり眠れる。
きっとこの男は私が帰っても気づかないだろう。もしくは、着替える私を目ざとく見つけて「俺も帰る」と言い出すか。

私は動けなかった。こんな時間に電車に乗ることを想像して、それだけで全て嫌になってしまった。
シャワーを浴びても、着替えても、誤魔化しても、こいつはホテルで過ごしてきたんだなと周りに気付かれると思った。実際そんなことがないのはわかっていた。でも、この部屋の気配を、彼の気配を身体に漂わせたまま、終電間際の電車に乗る私は気持ち悪いと思った。

いつも乗る朝の電車は平気だった。会社員と逆行して駅に向かうのも、人が少ない電車にほぼスッピンで乗るのも何てことはない。朝の太陽が、仕方がないなと許してくれているような気がしていた。
でも、22時の電車に乗るのは嫌だった。許しが何もなくて、夜が私を責めていた。

◎          ◎

私は全く眠くない体を汚いベッドに横たえた。天井をただ見つめる。隣のイビキはますます大きくなっていた。彼に背を向けて目を閉じた。眠れそうになかった。彼から距離を取り、身を守るように体を丸めた。そしてそのまま、まだまだ終わる気配のない夜を恨んだ。早く夜なんて終われ、と必死に願った。

全く意図していないが、それが彼と過ごした最後の夜だった。それ以来私が夜を呪ったことはない。