「家政婦なんかじゃない」。かつて私が見下していた母は強かった

私の周りには強い女性がたくさんいる。まだ学生の頃、私の目から見た強い女性は、スーツを着こなしてバリバリに仕事をこなしている人だった。憧れの対象は、担任の先生だったり、保健室の先生だったりしたけれど、今思い返せば、その当時両親から受け取れなかった愛情を、その先生たちに求めていたのかもしれない。「仕事をしている女性は偉い」いつからそんな価値観を身につけてしまったのだろうか。気づけば、私は専業主婦だった母親を見下していた。
母がよく愚痴をこぼしていたことを思い出す。「風邪を引いても、具合が悪くても、誰も手伝ってくれない」と。何を言っているのだろう……と、そう思った。思春期だった私は、その弱音すら受け入れることができなかった。だから、反抗して喧嘩ばかりしていた。もちろん、お手伝いをすることはあったけど、それは名ばかりでどうやって手を抜くか。そればかりを考えていた。母のようには生きたくない。そう思っていた。
大学生になる時、わざと県外の大学を選んだ私は初めて一人暮らしをすることになった。最初はワクワクしていた。自分で好き勝手にできると、そう思っていた。でも、一人暮らしをしたら、帰ってきた時にお風呂が沸いているのも、部屋の電気がついているのも、ご飯が用意されていることも当たり前ではなかったことに気づいた。もっと早く気づけば良かったのかもしれない。白物と色物を分けて洗濯する理由を初めて知った。いつも料理を作る時、何も計らないで作る母のことを、見下していたけれど、それは慣れているからこそできることなのだと知った。ベテランの為せる技だった。私が水の量も計らずに作ったインスタントラーメンは、ただ茹でるだけなのに、薄すぎて味がしなくて、泣きながら塩コショウをかけて食べた記憶がある。
私はずっと働いていることが正義だと思っていた。それでも今、私は母と同じ立場にいる。家を出て、物理的な距離ができてから、私と母の絆は深まった。距離をとることで、お互いに見えなかったものが見えるようになったのかもしれない。母がご近所さんから、何で働かないのかとずっと言われ続けていたことを知った。田舎だから、良くも悪くも距離が近いのだ。父のお母さん──母にとっては義母──と住んでいたのだが、おばあちゃんもまた、なかなかに癖のある人だった。自分の気に入らない料理は捨てる。こっそりとバレないように捨てていたけれど、それに母は気づいていた。毎日毎日、献立を考えている母はそれを見てどう感じていたのだろう。その立場になって初めて、私は母が置かれている環境を知った。その努力を知った。
今でこそ、歳を重ねて柔らかくなった父だが、昔はテレビに出てくるような亭主関白な父親だった。子ども三人と父のために、夜中の三時に起きてお弁当を作ってくれていたこと。休む暇もなく、夕飯を献立を考えて、洗濯物を干して……自分の体調が悪い時も誰も助けてくれない。「私は家政婦なんかじゃない」そう叫んだ母のことを思い出す。そう、家政婦なんかじゃない。私がこうして元気に大人になれたのは、母が毎日のように栄養バランスを考えて料理を作ってくれていたからだった。父が安心して仕事をできるのは、母が家のことを全てしてくれるからだった。知らない人から陰口を言われ、家族からも手伝って貰えなかった時。それでも、喧嘩した時でも必ずご飯は用意されていた。
働いていない母のことを見下していた。それが浅はかだったことに、今更気づいた。遅かった。もっとしっかりとお手伝いをすれば良かった。そんな後悔をしても遅い。帰省する度に、母は張り切って料理を作ってくれる。地元でしか食べられない食材で、私にはどう頑張っても作れない母の味で。旦那は母の料理が大好きだ。毎回「美味しいです」と言って食べてくれる。それを見て、母は幸せそうに笑っている。その場面を見る度に、私は胸が締め付けられそうになるのだ。学生の頃、機械的に「美味しかった。ご馳走様でした」と言っていた。その言葉に心を込めたことなんてなかったかもしれない……だから、帰省する時、私も旦那に負けまいと思いながら、「美味しい美味しい」と言って食べている。本当に美味しいのだ。
母は「ご飯おかわりする?」と聞いてくれる。何歳になっても、母は母なのだ。母は強かった。家族のために毎日台所に立ち、文句ひとつ言わずに洗濯をし、家を整え続けていた。その姿は決して「弱い」ものではなかった。むしろ、どんなに理不尽な言葉を浴びせられても、家族のために尽くし続けることができる母は、誰よりも強かったのだ。違う、今でも強いのだ。何回も何回も衝突したけど、それでも私は母を尊敬する。母みたいな女性になりたいと、そう思っている。
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