私は今年の3月に高校を卒業した。高校生活で初めての経験をした。

高校2年生の2月13日。私はいつもより遅くまで起きていた。
スマートフォンに映る時計の時刻はもうすぐ深夜に差しかかろうとしていた。

夜更かししていたのは──そう、明日は2月14日。バレンタインデー。
今年こそは、と思っていた。今まで見ているだけだったあの人にチョコを渡したい。
高校2年生ももう終わろうとしている。来年度からは受験の年だ。きっと、これが最後のチャンスになるかもしれない。
でも、私にはひとつだけ大きな問題があった。

料理が苦手なのだ。

市販のチョコでも良い、という意見もある。けれど、どこかで「女子は手作りで勝負」という固定観念に縛られていた私は、自分の不器用さを棚に上げて、「手作り」にこだわっていた。どんなに下手でも、気持ちを込めて作った方が伝わると思っていた。

◎          ◎

朝、私は近所のスーパーに出かけ、材料を買った。
「簡単!失敗しない!」と書かれたレシピに惹かれ、チョコクッキーに決めた。
クッキーなら好きな形に型抜きもできるし、デコレーションも自由にできる。量産もできて友達にも配れるという考えがあった。

昼から意気揚々と作業を始めた。
材料を入れて混ぜ、型抜きして焼く。「これならうまくいきそう」そう思っていたのに、焼き上がったクッキーを見て、私は固まった。──焦げていた。

味見をしてみたが、正直なところ「これは渡せない」と思った。見た目も味も、理想とは程遠い。

落ち込む暇もなく、私は考えた。「もう一度、作り直そう」
でも、気がつけば時計はすでに18時を回っていた。母が帰ってくる時間だ。

両親はバレンタインというイベントをあまり好ましく思っていない。
「学生の本業は勉強。お菓子作りにうつつを抜かすな」
それが両親の考えだ。いつも台所で何か作ろうとすると、母に嫌な顔をされる。

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だから私は、こっそり動くことに決めた。
夜、両親が寝静まった頃を見計らって、再挑戦しよう。

時計が23時半を回った頃、私は静かに部屋を出て、台所へ向かった。
真夜中のキッチンは、いつもと違う顔をしていた。静まり返った空気の中で、私はそっと材料を並べた。

再びチョコクッキー作りが始まる。慎重にチョコを溶かし、生地を混ぜ、型抜きをしていく。どのタイミングでも大きな音を立てないよう、息を殺して作業を進めた。

型抜きが終わったのは午前1時半。ここからが本当の勝負。オーブンの準備をする。

オーブンが温まると、「ピーン」という独特な音が鳴る。その音が、両親の眠りを妨げないか、不安で仕方なかった。

オーブンにクッキーを入れた後、手早く台所を片づける。すべてが順調に進んでいる……そう思った矢先、足音が聞こえた。

それは母の足音だった。
「何やってるの!早く寝なさい!」予想通り、すごく怒られた。

私は「ごめんなさい」とだけ言って、渋々自分の部屋に戻った。だけど、心の中ではまだ諦めていなかった。もう、引き下がるわけにはいかない。

◎          ◎

母が自室に戻るのを確認し、私は再び台所へ戻った。そっとオーブンを開け、焼きあがったクッキーを取り出す。香ばしい香りとともに、焼き色もちょうど良い。

「これなら渡せるかもしれない」

そんな小さな達成感に包まれながら、私はクッキーを持って自室に戻った。

そこからは、梱包作業。
本命のチョコとは別に、友達と交換する予定のクッキーも用意しなければならなかった。
ひとつひとつ、袋に詰めて、リボンで結んでいく。
気づけば、30個以上も作っていた。

手が止まった瞬間、ふと窓の外に目をやる。空が、ほんのり明るくなっていた。
始発の電車だろうか音が聞こえ始め、ゆっくりと朝へと変わっていく。私は一晩中起きていたことを、そのとき初めて実感した。

それは、私の初めての徹夜。そして、誰かのために本気になった、ひとつの夜だった。

朝が来るまでの時間。長いようでとても短く感じた。あの時間は、不器用な私が勇気を出した証だったと思う。うまく渡せたかどうか、その返事がどうだったかは、また別の話だ。

でもきっと、あの夜の挑戦は、私の中でずっと忘れない思い出になるだろう。