明けない夜に救われた私が、太陽の下で人間を始めるまで

誰もが寝静まる夜が好きだった。自分だけの時間のような気がして。よく夜更かしをした。家族も眠り、友達からの連絡も来ない、しんとしたひとりの時間。机の灯りだけが白く光っていた。
大学時代は夕方に起き、明け方まで作業する日が多く、朝日が昇る頃にやっと眠っていた。そしてまた夕暮れに起きる、その繰り返し。授業やアルバイトは、いつも眠い目を擦りながら。静まり返ったひとりの部屋が、いちばん楽に呼吸できた。朝が来るのは、安寧の終わる合図だった。
朝日って少し怖い。生活リズムで言うならば、陽の光を浴びた方が良いのは知っている。けれど、あの眩しさには、なんだか言い表せない後ろめたさがある。速足のサラリーマン、押し込まれる満員電車、滑り込みギリギリの一限に、汗だくで受ける授業、おはようと愛想笑い。妙な居心地の悪さがあった。
まるで自分だけが人間じゃないみたい。周りを真似る、人間ごっこ。学生の頃はクラスで浮かないように必死だった。結局それは、仕事を始めてからも同じで。お客様には親切に、上司や先輩には聞き分けの良い新人として、いつもニコニコ接していた。これで良いのだと思っていた。
ある日突然、仕事に行けなくなった。新卒で入った会社で、3年目と呼ばれる直前だった。適応障害と診断され、そのまま休職した。ベッドから動くことができず、ただ横たわる生活。朝が来ることに怯えていた。また何もできない一日が始まってしまう。何日も何日も繰り返した。
うっすらと夢を見る。よく家族が出てきて、起きると泣いている。一人暮らしの部屋は静かで、自分の息遣いだけが聞こえる。両親には休職のことを言わなかった。言えなかった。地方から都会に飛び出して、半分呆れながら見送られて。助けてくれ、なんて今更。
天井を眺める日々が続いた。死んでいないだけマシだと言い聞かせつつ、時間が過ぎるのを待った。仕事から離れると、社会からも切り離される。この世界のどこにも居場所がないように感じていた。人間ってどんな形をしていたっけ。所詮ごっこ遊びのようなもので、わたしにはずっと難しかった。
二ヶ月ほど経つと、起き上がれる日が増えた。ゴミを出す、洗濯をする。小さいけれど、寝たきりの間はできなかったこと。日常が少しずつ動き出した。日付が変わる前に眠り、朝日と共に目を覚ます。学生時代には考えられなかったが、規則正しい生活は意外と悪くない。夜は必ず終わるし、太陽は変わらず顔を出す。その繰り返しに、ホッとするようになっていた。
結局、三ヶ月休んで復職した。最初は短時間で働き、徐々に増やしていけば良いと言われた。朝出てきて昼には帰るのに、また明日ねと手を振ってくれる。いつも淡々とした上司が、体調を気遣う言葉を掛けてくれる。意外と優しい世界に居たことを知った。長い長い夜が終わる、そんな気がした。
明けない夜が好きだった。寝静まった夜の、たったひとりの時間は特別で。朝日は必ず昇るという言葉が怖かった。嫌でも明日が来てしまうから。大人になって気づく。朝も案外良いものだと。太陽の眩しさには、たまに引け目も感じるけれど、生活は光の中で続いていく。ひとりの部屋を出て、社会と繋がって、生きていく。
私は進む。本当の夜明けを見るために。
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