私は中学1年生の梅雨を境に、可愛い柄の傘を持たなくなった。以降、今に至るまでずっとビニール傘だけを使っている。

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中学受験で合格した私立の学校に進学し、その年の春から毎日自宅から電車で30分くらいの距離を通学する生活が始まった。
それまでの自宅から歩いて15分の小学校とはうってかわって、毎朝毎朝押しくらまんじゅうが繰り広げられる電車に揺られて通う日々。でも、それはそれで今までなかったような刺激もあり、毎日楽しく通っていた。
5月の末頃になると例年のように東京も梅雨入りした。今まで使ってきた持ち手がプラスチックの傘ではちょっと子どもっぽいからと、母が新しい傘を買いに行こうと誘ってくれたので、早速その週末に近所のショッピングモールに新しい傘を買いに行った。

私が選んだのは薄い水色の地に赤とピンクのかわいらしい小花の柄が入り、持ち手は細い焦げ茶のフェイクレザーの傘。これまで使っていたものよりはちょっと大人っぽい雰囲気で、一目見た時から心を奪われ、迷わずそれを選んだ。
買って帰った後も、新しい傘を手に入れたワクワクとした気分は収まらず、いつもはあまり好きではない雨が、次はいつ降るだろうかとちょっと浮ついた気持ちで天気予報を見たりした。

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そんなお気に入りの傘を使い始めて2、3回目だろうか。学校の帰りの電車で運良くに座席に座れた私は、座席の横の金属の持ち手に傘を掛けてしまったのだ。そしてそのまま、傘を掛けたことをすっかり忘れて電車を降りてしまった。運が良くも悪くも、電車を降りた頃にはすでに雨は止んでおり、傘をうっかり電車に置いてきたことなど気づかずにそのまま帰宅。気付いたのはその日の夕食を食べ終わった頃だった。

ふと電車に傘を忘れてしまったことに気付いた私は、半べそをかきながら急いで母に相談した。通学で使っている鉄道会社の忘れ物センターに電話をかけるも、似た特徴の傘は見つかっていないとのこと。しかも傘を忘れた場合、忘れ物センターに集まる傘の数はあまりに多いため見つからないことが多いとの話も聞いた。
もうショックでショックで今にも泣きそうな私を、母も昔同じ様にお気に入りの傘を電車に忘れてしまい見つからなかったが、その後その傘よりももっと可愛い傘に出会って買った話をして慰めてくれた。

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次の週末、新しい傘を買いに行こうとまた母は私を買い物に誘ってくれた。お店に着き、幾つかの傘を見てみるもののあの水色の傘を超えるときめきには出会えなかった。結局私が選んだのは数百円の特徴のないビニール傘。流石にこのままでは学校で誰かと取り違えてしまうだろうと持ち手の部分にマスキングテープを貼って目印を付けて使い始めた。

それから今に至るまであの時の電車と同じ様に、何度か傘を失くす経験をしている。でもその度に買い替えるのはいつも同じようなビニール傘。
私はお気に入りの傘を失くした経験がすっかりトラウマになって、あれ以降1度も可愛い柄の傘を買うことが出来なくなってしまった。