人々がとっくに眠りに就いているであろう真夜中に、私は終業する。多くの一般企業に勤める会社員が定時に上がり、以降の時間を「アフター5」などと称するような時間は、私は早くて「アフター12」だ。
朝日が昇る前には床に就くが、街が、人々が眠る真夜中に余暇の時間が訪れる。毎晩、夜遊び、夜更かしをしている気になってしまう。
多くの人が眠りに就く時間に活動することに感じるマイノリティ
実際は、多くの社会人とは数時間だけ行動の時間割がずれているだけなのだが、自由が訪れる時間が真夜中であったり、目覚める時間が早朝ではなかったりするだけで背徳感のような、後ろめたさのようなものを感じることもある。
円グラフにでもして時間を書き出して見ると、世の中の人々と同じく与えられた24時間の中でそれほど大差の無い時間割で動いているだろうとも思うのだが、多くの人々が眠りに就き、翌日の早い朝に備えている中でまだまだ起きて活動しているということにマイノリティを感じてしまう。ディスアドバンテージとすらも。
確かに、かつて昼間の仕事をしている人と交際をしていた際には、友人らからは「生活リズムが違いすぎて、会える時間があるの?」と結構深刻に心配をされた。
今になって思うと、同じく昼間の仕事をしている者同士だって会えなかったり、都合が合わなかったりするじゃないかと思うことなのだが、彼と付き合っていることに浮かれに浮かれて、早く将来を考えたくて仕方のなかった私は友人らの心配そのままに、その通りなのだと深刻に落ち込んだ。
同じ時間を一緒に過ごせない私たちのサイクルは太陽と月みたい
下手をすれば、彼が目覚める時間に眠りに就くような、まるで太陽と月のようなサイクルになることもあったときは、同じ時間を一緒に過ごしていけないことに切なさを覚えた。
そんな生活リズムを互いに送りつつも、私が仕事休みの日の夜は、基本的には彼に会いに行き、門限や外泊を咎める者が居ない一人暮らし同士の私たちは当たり前のように彼の部屋へ泊まった。そうでもしないと、週に一度食事をするだけの仲にしかならなかったから。
彼の部屋に泊まることで、生々しい営みがあってもなくても、一つのベッドで一緒に眠った。電気を消して、一緒の布団に入り、床へ就く時刻が、いつもなら煌々と灯りの点る店の中で、お客さんにラストオーダーを取って回る時刻だなと思いながらも、この曜日にだけ在る体温の中で目を閉じていた。
しかし、私は眠れなかった。
温もりの主の寝息がきこえてくるようになっても、私はその寝息に合わせた呼吸が出来なかった。
彼の寝息に合わせた呼吸ができず感じた焦り。心が離れていく気がした
単純に、日々のサイクル上では普段なら起きている、なんなら働いている時刻なのだから習慣的に目が冴えてしまうというだけのことなのに、時間の共有が少ない分、焦りを感じて、余計に眠りから遠ざかってしまうことがしばしばあった。
様々な感情が押し寄せて眠りがどんどんと遠ざかってしまうと、私は愛しかった温もりからそっと抜け出し、暗闇の中で背徳的なスマートフォンのディスプレイの灯りを灯して画面をスクロールし続けた。寂しさと焦りをかき消すために、真夜中のネットの中を渡り続けた。
ワンルームの間取りの中、同じ部屋で息を潜め、切なさを隠して。
そうしてカーテンの向こうが白み始めた頃、いい加減眠らないとなと仕方なくまたベッドへ入り込む。
もうまもなく、彼を仕事に向かわせる目覚ましのアラームが鳴ってしまうというような時刻に、なんとか二人分の寝息が重なっていた。
生活リズムが合わないことは、仕方がなかった。けれど、あの頃は同じ時間に同じことを“共有”出来ないことが、心が離れていくような気がして、共に生きていると言えない気がして、彼が眠っている時間に目が爛々と冴えている私は自分のことながら邪悪な存在に思えた。
どうしようもない、愛しい人の寝息を愛しく思えない時間が悲しかった
朝日と共に目覚め、スーツを着て陽を浴びながら仕事へ向かうあの人と、月が青空へ消え行くと共に眠り、とうに世間が日に照らされて動き出してから一日の始まる私を比べてしまうと、自分が不健康で、後ろめたい人間に思えた。
結局、この生活リズムのサイクルのすれ違いが破局を呼んだとは思わないが、終わってしまった一つの恋のことを思う時、あの眠れなかった夜の理由を考え出すと少しだけ悲しくなる。
愛しいはずの、愛しい人の寝息を上手に愛しく思えない、あの眠れない夜の寂しさを思い出しては悲しくなる。だが、どうしようもないことなのも分かっている。
現在も、午前0時に営業を終え、着々と後片付けをして、ご時世柄も手伝って夜行性の人間が寄れる所も少なくなったこともあるので、いつまでも真夜中に遊び歩かずに帰り、少しでもまともで健康的な眠りを求めて床へ就く。
せめて、寂しさを思い出すような夢を見ないように、夢の中くらいはキラキラとした自分に会えるようにと眠るのだ。