朝なんて来なくていい。そう思っていた時期が私には長くあった。
うつ病がひどかった学生時代。薬を飲んでなんとか眠るが、途中で起きたり、結局眠れなかったりした。
眠れない夜には必ず思った。「朝が来なければいいのに」と。
朝日がカーテン越しに差してくるのが嫌だった。だって私はまだ寝ていないから。休めていない。でも朝が来てしまったら、つらくても動かないといけない。

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朝1番の講義は取らないようにしていたけれど、次の午前中の講義は必修だ。
今日着る服を選んで、顔を洗ってメイクして、「病気じゃないですよ」とアピールするかのように身の回りを整える。
それでも大学に行けば、「クマできてるけど大丈夫?」と聞かれる。
こんなこと聞かれたくないのに。

朝が来なければ大学に行かなくていい。
朝が来なければ布団からでなくていい。
朝が来なければいつかはぐっすり眠れるかもしれない。
そう思っても外は薄明るくなって朝が来る。
朝が来るまで、ときには涙を流していたこともある。

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うつ病になってしばらくぶりに彼氏ができたとき、私は不安を打ち明けた。朝が来るのが怖い、と。てっきり私の家にたまに泊まりに来てくれるかと思ったが、彼は「そっか。じゃあ朝になったら会いに来るね」と言って帰ってしまった。
私はやってしまった、と思った。やっぱり病気が落ち着くまでは彼氏を作らないほうがいいのか、と。自分が相手に期待して依存したら意味ないのに。

気持ちが沈んで、シャワーもつらいから浴びないまま布団に入った。
明日の朝、彼は来ると言っていたけど、何時に来るか分からない。もしかしたら来ないかもしれない。そう思ったとき、いつものどんよりとした空気が私を包み込んだ。
いつも通りベッドで薬を飲んで、電気を消す。横になって目を閉じた。

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眠れない。今日の自分が正しかったのか分からない。期待しすぎたかもしれない。
まだ眠れない。時計は見えないけど少し明るくなってきたかも。
もうずっと夜がいい。彼がいつ来るかも、もっと言えば本当に来るのかも分からないし、期待してしまう自分が嫌だ。朝なんて来なければいいのに。
しばらく涙を布団でぬぐって、朝が近づくのを自分の中で拒否していた。

そうしているといきなりドアホンが鳴った。こんな時間に鳴ったことなんてない。
泣き声がうるさかったかな?隣の人に迷惑かけたかな?
そう思ってドアを開けると、彼がいた。
まだ肌寒い風が吹いている中、彼は「寝てた?」と聞いてきた。
とりあえず家に入ってもらい、寝てないことを伝えると、「寝てないなら今から着替えて散歩に行こうよ」と言われた。
ちょっと何が起きているか分からないけれど、彼の言う通りにして外へ出た。

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朝日が眩しかった。同時に私はこの朝日が嫌いだったのかと思った。
嫌うにはあまりに輝いていてなんとも不思議な気持ちになった。
その日は散歩をしたあと、自分の家で少し眠った。
講義のときは起こすよ、明日も行くから、という彼氏からのメッセージが嬉しかった。
夜寝る前に明日の着替えを用意して、お風呂にも入って寝る準備万端。薬を飲んで電気を消す。

布団に入って久しぶりにワクワクした。
明日、朝日が見える頃に彼が来る。
明日もきっと散歩したら眠れる。
できれば今日のうちに眠りたいけど、今日眠れなくても明日眠れる。講義のときは起こしてもらえる。早く朝が来ないかな。
おかしなものだ。数日前までずっと朝なんて来なければいいと思っていたのに。早く朝にならないかな。

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その日は結局眠れなかったけど、朝が来るまで楽しみな気分でいられた。彼氏との散歩も嬉しくて明るくなる朝日も嫌いじゃなくなった。

朝が来るまでの気持ちが変わって数週間後、私は夜に眠れるようになってきた。
朝が来るまで楽しみな気持ちを持ち続けたら、朝があっという間に来るようになった。
明日も朝が早く来ますように。