部長が「気のいいおじさん」になる。職場の飲み会、悪くないかも

職場の飲み会という言葉に、あなたはどんなイメージを持つだろうか。
SNSでは「楽しいかどうかは別として、人脈作りの手段だ」「上司の時代錯誤発言に唖然とするタイム」「ほぼ強制参加なんだから残業代を出せ」「店がすぐ埋まるので幹事は苦労する」などという声が多く聞かれる。
わたしも、これまでは飲み会に対してネガティブな印象が強かった。仕方なく出席し、上司や先輩に気を遣い、当たり障りのない会話か誰かの悪口を交換するだけの不毛な時間。
しかし、その考えは少しだけ変わった。ターニングポイントとなった昨年末の忘年会のことを、ここに記しておこうと思う。
北風吹きすさぶ広場のあちらこちらに、スーツの群れが点在している。
「二次会はカラオケを用意しています。珍しく部長が二次会まで来てくださるそうです!ここで帰られる方は手を挙げてください」
一次会の締めをした直後、幹事を務める30代の係長が声を張り上げる。行く側ではなくて帰る側に手を挙げさせるのはどうかと思う。
隣の1つ上の先輩が「うわ、帰りづら」と小さく呟いた。わたしは「わかります」と唇を動かさずに答えた。12人のこぢんまりとした円陣の中で、皆がちらちらと互いの顔色を窺う。
結局、小さい子供が待っているという30代が4人、家が遠く終電が迫っている40代が2人抜けた。残ったのは新卒1年目、3年目のわたし、4年目の先輩、30代の幹事、50代の副部長と部長。まるで砂時計のような人口ピラミッド。
積極的に二次会に行きたいわけではなかったが、特に抜ける理由は思いつかなかった。ふだん部長と業務上で深くかかわることは少ないので、少し意識高い話でもして点数を稼いでおくかという打算はあった。もともと上下関係がそれほどきつい職場ではない。
二次会のカラオケルームは、場違いに広いパーティ仕様であった。20人は余裕で入れそうな部屋の天井にはミラーボールが回っており、幹事の苦労がうかがえる。
どこに座るか皆でひとしきり迷ったすえ、20代3人が入口近くのソファに固まって座り、50代の2人が奥に陣取る。
30代の係長幹事がその間に座った……と思いきや、彼に電話がかかってきた。
「部長副部長、ちょっと失礼します。皆ごめん、先に歌ってていいからね」との言葉を残し、幹事は廊下へ出ていってしまった。残されたのは20代3人と、50代2人。
一次会である程度互いに打ち解けてはいたが、コロナ禍入社世代である我々は仕事仲間とカラオケに来ることもなかったわけで、妙に緊張してしまう。新人の1年目くんに至っては大学時代もコロナ一色で、カラオケで集まって飲むなんてことは夢のまた夢だったはずだ。
一方で部長・副部長側も、慣れ親しんだ社員がごっそり抜けて親子ほど違う年齢の若手のみと対面しているからか、何を話していいか分からない様子であった。
全員どこかぎこちなく、えもいわれぬ緊迫感がその場を覆う。
「部長、何の曲が良いですか?入力はわたしにお任せください」と、マイクを部長に渡す先輩。
「いやいや、ここは若い方から。こういう場は君たちのほうが得意だろ」マイクを押し返す部長。
「そんなわけには……部長が悩まれているなら、副部長いかがですか」
「僕らはね、最近の若い人はどんな曲を歌うのか興味があるんだよ。流行を学ばせてくれ」
地獄のような空気の押し問答のすえ、20代勢と50代勢が交代で曲を入れることになった。トップバッターを任せられたわたしは、迷わず「赤いスイートピー」をデンモクに入力した。まずは無難なチョイスで様子を見よう。
2時間が過ぎ、我々はカラオケルームを後にした。最初は気まずいと思っていた二次会だが、酒が回った3曲目くらいから面白くなってきた。
部長が「シュガーソングとビターステップ」、1年目の後輩が「翼の折れたエンジェル」、副部長が「可愛くてごめん」、わたしが「天城越え」を順に歌った。
誰が年上なんだか分からない。電話から戻ってきた30代の幹事は、忖度まみれのシュールなセットリストを見て大笑いした。
歌う合間を縫って酒を飲み、ぽつぽつと話す。少人数なので声が届きやすい。柔らかく流れるBGMが、世代間の差や立場の差を少し埋めてくれている気がする。
はじめは、部長・副部長が気を使って若い世代に合わせた曲を選んでくれているのかと思ったが、そればかりでもないらしい。
「僕は若い頃レコードを買えなくて、音楽が身近じゃなかったんだ。最近の曲のほうがよく分かる。娘が毎日歌うから、覚えてしまったよ」はにかみながら言う部長。そこにいたのはいつもの厳格な管理職ではなく「優しくて気のいいおじさん」だった。
最後には副部長と先輩が完璧な振り付きで「恋ダンス」をやってのけ、拍手喝采で二次会は幕を閉じた。
部長が支払いを済ませてくれた。若手全員でありがとうございましたと敬礼。
「今日は遅くまでありがとう。君たちと話して、私も自分の若い頃に戻ったようだった。気を付けて帰りなさい。明日、無事出勤するまでが忘年会だぞ」父親の風格を醸し出す部長。
「遅刻したらどうなりますかあ」と、すっかり酒の入った先輩。
「年度末の査定、マイナス1ランクだ」笑いながらマフラーを巻く副部長。奥さんが贈ってくれたものらしい。
にぎやかな飲み屋街を皆で歩き、駅をめざす。年の瀬の冷たい風が頬を刺すが、心の中はぽかぽかと温かかった。お酒のせいだけではなさそうだ。
遠い存在と思っていた上司たちの意外な一面を見ることができた。これからの職場の飲み会が少しだけ楽しみになった夜だった。
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