カラオケで歌っていたら、キスをされた。
こいつもか、と思った。

こんな流れになるのはたぶん当たり前だ。
わたしは、マッチングアプリのプロフィールの「アプリをやっている目的」という項目に、「恋人探し、セックスフレンド」と設定していた。
顔写真をアップしていないのに、たいして話が弾んだわけでもないのに、気分が乗らない時は何度も、何ヶ月も、繰り返し、メッセージを無視していたのに、それでもその男は、わたしが気まぐれにしたメッセージに対して「会いましょう」と言ってきた。お互いにセフレ前提で会っていることは自明だった。

お酒が美味しい店、二次会でカラオケ、甘い言葉 その段取りは全て

全然気が乗らなかったけど会うことにしたのは、失恋したてだからだ。
ずっと好きだった人と離れたばかりで、その人のことしか考えられない毎日を、なんとかしたかったから。
少しの間でもその人のことを忘れられるなら、なんだってよかった。

待ち合わせ場所に現れた男は、思ったよりかなり、好みのタイプだった。
整ってはっきりした顔立ち、低い声、落ち着いた話し方。
「お酒、なにが好き?」と聞かれて日本酒と答えると、男は日本酒とおつまみが美味しい店にわたしを案内した。カウンターに並んで二人で飲んでいて、もしかしてわたし今、失恋してからはじめてちゃんと楽しいかも、と思った。もしかしたら、また他の人を好きになることができるかも。

二次会にカラオケを提案され、深く考えないでうなずいた。ドンキホーテで買った缶チューハイを飲みながら聴く男の歌声はとても綺麗で、わたしは純粋にカラオケを楽しんでいた。1時間くらい歌ったところで、不意にキスをされて、抱きしめられて、もっと一緒にいよう、と、お決まりのような台詞を言われた。

そっか、やっぱり今までの時間は全部、セックスするためだったんだな。
もう少し歌声聞いていたかったのにな。

断る理由はないけど、別に嬉しくもない。
どちらでもよかった。

慣れた様子でホテルへ 体を重ねて浮かんだのはあの人だった

男は慣れた様子でホテル街の外れに連れて行き、シャンプーや枕をわたしに選ばせ、部屋の入り口ではメンバーズカードを取り出した。
ボタンを押せば泡がぶくぶくと出てくるお風呂に当たり前のように一緒に入って、当たり前のようにセックスをした。
たぶん、上手かったんだと思う。でも最中、好きだった人のことばかり考えていた。

あ、舐めてくれないんだな。
大きすぎて痛いな。
あんまり声出さないんだな。

「最後にしたのいつ?」
体を動かしながら、男は聞いた。最後にしたのは、ほんの2週間前だった。好きだった人と最後にしたその時のことが浮かぶ。男の顔が、体を重ねる時の、好きだった人の見慣れた表情と重なる。
気持ちよさそうにわたしを見下ろすあの人の顔が好きだった。
隣で飲んでいるときはかっこいいなと思った目の前の男は、もう、「好きだった人以外の男」でしかなくなっていた。

ホテルから出て、男と別れてすぐに、マッチングアプリをアンインストールした。
好きだった人とのLINEのトーク画面を開こうとして、ずいぶん下までスクロールしないとその人のアイコンが出てこないことに気付いて、スマホの画面を消し、ポケットに入れた。

いろんな人のいろんな一晩をすべて許すように、ホテル街の朝はきりっと晴れていた。
わたしは今日も、好きな人が隣にいない一日を生きるのだ。