先に寝ちゃうんだ。
中身のあった返事が段々と下手な相槌になっていく。時折消えかかっている語尾を整えるように、パッと目を開いては張りのある声を出してみるのに、やっぱりすぐさまうとうとしてしまう彼が、可笑しくて可愛くて仕方がなかった。
ふわふわとした声の代わりに、穏やかな寝息が隣から聞こえてくる。
時計を見ると、もうすでに一時を回っていた。
呆れか、寂しさか、はたまた愛しさか、彼の無防備な寝顔に思わず笑みが涙とともにこぼれた。

◎          ◎

……もう恋人じゃないんだな。
彼の手がもう二度と私に触れることはないんだと思うと、胸が締めつけられた。
別れ話をした夜、私はそのまま彼の家に泊まった。
沢山、沢山泣いた。そんなの鏡を見れば一目瞭然で、ティッシュで擦れて真っ赤になった鼻と、分厚くなった瞼が事の顛末を物語っていた。
これでもかってくらい一日中二人で泣いていたから、もういいでしょって思っていたのに、枯れ切ったと思っていたのに、それでも涙は私の頬を濡らした。

進む時計の針が怖い。秒針が鼓動と一緒になって、とくとく脈を打つ。
いっそ何も考えずに眠れたらいいのになぁなんて、私はただ彼の横顔を見つめている。

「親にも相談したけど結婚するにはなぁってさ。やっぱり俺たち合わないよ」

親に否定されたら終わる、そんな簡単な関係性だったの?てかまだ大学生だよ?私はそもそも結婚したくない派だしって話してたじゃん。結婚結婚って、二人で過ごす毎日を大切にしてくれなかった人が、何理想論ばかり語ってんだよ。

言い返したいことは山ほどあるのに、どんな言葉も喉に詰まるから結局「そっか」と短く返すだけだった。

◎          ◎

いつからズレちゃったんだろう。もしかしたら最初からズレていたのかな。
彼は別れたい理由を明確には言ってくれなかった。傷つけたくないからとか多分そんな理由なんだろう。そんなの自己保身にしかすぎないのにね。罪悪感から逃げたい君の甘さと弱さじゃんか。

てか今更ズルいんだよ。二週間前に別れ話を切り出した私の気持ちを、「直すから。頑張りたい」って言葉を信じて受け入れた私の気持ちをバカにしないで。
いっそさ、「頑張れない。好きじゃない」って振られた方がマシだった。中途半端に「嫌いになったわけじゃない」とか「誕生日にプレゼントは渡したい」とか期待させるようなこと言わないで。

散々泣いて、抱きしめ合って、「大好き」だなんて最後の最後に言わないで。そんな顔で見つめるくらいなら、どうして私を手放したの?
だけどそんないい加減なところさえも、大好きで大嫌いだった。
考えても考えても彼は目覚めてはくれなくて、気晴らしに見たYouTubeと漫画は、もやのかかった頭には何一つ入らなかった。

◎          ◎

「優しい目が好き」「占いを信じないところも好き」

好きなところを余すことなく伝えようと言葉をかけて、雰囲気に負けて泣いちゃった私だって、ヒロインぶってバカみたいだ。
苦しいなぁ。飲んだ睡眠薬が効かないから、眠る彼の横で結局起きているしかない。
始発で帰っちゃおうかな。合鍵は郵便受けに入れておけば大丈夫だし。
ダメダメな恋人でごめんね。君の描く未来にはどんな奥さんがいるのかな。私はね、君と恋がしたかったんだよ。
ベッドから降りる。すうすうと小さな息遣いが部屋を満たしている。……朝がこなければいいのに。
夜が薄まってきた頃、私は荷物をまとめた。