握り込もうとした時間が、手のひらからするすると滑り落ちていくような感覚。
退勤後、中学のとき前の席だった子が結婚したことをインスタで知って、会社のトイレの便座に座り込み、小さく頭を抱えた。

私は一体、何をしているんだろう。そして、何を待っているんだろう。羨ましいのかもしれない。嫉妬しているのかもしれない。だけど、何よりはっきりしているのは、なんとなく生きてきてしまった自分に対する、どうしようもない後悔の気持ちだった。酸欠でふらついた頭のまま、気づいたときには、彼にDMを送っていた。

◎          ◎

こんな夜ひとつで、すべてが変わるわけじゃない。それなのに、私は一体何を期待していたのだろう。彼は思ったよりも早く来た。背丈が冷蔵庫みたいに大きくて、笑うと陽だまりのような皺が寄る。おおらかさを絵に描いたような人だった。

串カツのお店に行った。容器の中に空の串が何本も増えていき、ジョッキは五杯は煽った。
ぐるぐると血が巡って、話も弾む。アルコールで揺れる私の思考。タガの外れた口から、言葉がするすると漏れ出ていく。こうなるともう、止まらなかった。

「隣で寝たらさ、どんな気分なんだろうね」

そこからは、本当に早かった。串カツ屋を出てすぐの坂を登ったところにあるコンビニで、生ビールとハイボールの缶を買った。アスファルトを踏みしめる感覚が、いやに鮮明だった。これから何が起きるのか——そんな疑問すら持たずに、私たちはタッチパネルを押していた。

髪をほどく大きな手のひら。日焼けした長い指、細められた瞳。
このホテルでしか見かけないタイプの電話。覆われた窓。
変われるかもしれない。でも、きっと変わらない。
浅ましい願望を乗せたまま、私の薄い肌は小さく震えていた。

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ラブホテルの窓がすべて覆われているのは、光を遮って室内の雰囲気を演出するためだ——そんな記事を、どこかで読んだ記憶がある。
でも、きっと本当は違う。
朝が来たとき、自分の行いが明るみに出るような、そんな感覚から遠ざけてくれるためじゃないかと思う。

隣で聞こえる、ひそやかな寝息を、私は膝を抱えて聞いていた。
彼の鼻の頭に浮かんだ小さな汗が、ぎゅうっと私の心を揺さぶった。
最初から分かっていた。彼の隣で眠れるわけがない。
どうして私は、誰かに自分のことを委ねたくなってしまうのだろう。
ある日、全く知らない誰かが私の人生を奪って決めて、それでもいいと思えてしまうような、無責任な感覚。

こんなんだから、私は駄目なんだ。
爪の甘皮を押して、膝に頭を埋める。
こんなにもファンシーな内装の中で、ひとり。
気分は、まるで懺悔室だった。

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このままドアの向こうの世界が崩れて、私たち二人だけになったら。
君は、私の腕を取ってくれるのだろうか。
きっと君は、優しく苦しげな笑顔を浮かべて、あの人の元へ駆けていくのだろう。
ドアの向こうなんていらない。スマートフォンなんていらない。
君のまぶたの向こう側がほしい。

夜は雄弁で、私の罪の意識にも静かに目を向けてくれる。なのに、朝は。
光をもって、この罪を裁いてくる。抱えたいのに、握りしめたいのに、私の手のひらには何も残らない。何ひとつ残らない夜だとわかっていたのに、私は期待してしまった。
そんな自分を、私はまた恨んだ。

私のまぶたが閉じられることのないまま、朝はやって来た。
陽だまりのような笑い皺は、少しだけ固く、こわばっていた。
私たちは、何も変わらなかった。
塞ぎきれなかったラブホテルの窓から、小さく差し込んだ朝日が、コンタクトを外せなかったカピカピの目に染みる。

指よりも細い、かすかな光に、身体ごと焼き尽くされて死んでしまいそうだった。
ああ、結局、隠してはくれなかったんだ。
こぼれ落ちた時間は、戻ることはなかった。