書き殴った退職届は出さなかった。また一緒に仕事ができるその日まで

私儀、一身上の都合で4月末に退職させていただきます。と書き殴った退職届は、結局出さず徒労で終わった。
私は3年務めた福祉職の仕事を辞める方向性で考えていた。といっても、理由はほかにやりたいことが見つかったわけでもなく、漠然と最近結婚したことにかこつけて、自分をリセットしたかったんだと思う。
この3年間、とにかくがむしゃらに働いた。往復3時間の通勤も限界の原因だった。増える業務、責任、新人教育、そんな中で日々本業以外の雑務に追われていた。いつも自分よりも人のことを考え続けるのは、自分が消えてゆくような作業だった。
だから、という理由で退職を考えていた時に、本当は退職願を書く手が何度も止まった。4月上旬から体調不良を理由に休ませてもらうことが増え、ずっと願っていた茫漠な自分時間を持て余すことに幸せなはずなのに、久しぶりに「暇」を感じていた矢先だったから。
家の中で悶々と考えることはただ、もう人のことを考えて一日が終わることはないんだ。もう、今日あの人に何をお願いしようって考えて出社しなくていいんだ。ということだった。
もう、自分の好きなことに時間を使えるんだ。嬉しさが100パーセントで時間も労力もたくさんあったはずなのに、ただ毎日が虚無だった。ただ薄暗い部屋で一人何をするでもなく、「やっぱり人と関わりたい」と思ったのだった。
そんな矢先、会社のつながりでできた人脈の方々と食事をした。約10名のプロジェクトチームで昨年1年を通して福祉職に人材をいかに定着させるかというプロジェクトで大学に講義をしに行ったり市内の交流イベントを企画したりして仲良くなったメンバーだった。
そのお疲れ会が終わるとき、ふと「もうこんな人脈も築けなくなるのか」と思った。会社を続けていなかったら得られなかった人脈もあるわけで、その時間は確かに楽しかった。
その中に一人、尊敬できる方がいた。私の一回り上の方。仕事ぶりは少々ポンコツだけど、自分の意見をしっかり言っている様子やできない仕事を私たちに振ってくれる様子。そして酔いつぶれた私を最後まで見捨てずに最寄りまで送ってくれたこと。
「また会いたい」と言わないと繋がらない縁だと思った。
そんなことがあってから、私はやっぱりこの職を続けよう。そしてまた彼らと仕事ができるように頑張ろうと思った。可能性としては0に近いけど、また巡り合える気がした。
月日が経って、私は思い切って彼にお礼の連絡をした。「あの時飲み会でもうすぐ退職をすると伝えたけれど、励ましてくれたおかげでやっぱり続けることにしたんです。本当にありがとうございました」
彼は何度もメッセージを取り消ししながら、真摯に返信をくれた。
「とりあえず少しゆっくりしたら、またごはんに行きましょう」
仕事ってやっぱり楽しいなと私は嬉しくなった出来事だった。
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