チョコレートは甘い。口に含めば溶けて、舌の上で記憶になる。

あの人のことを思い出すとき、いつもそんな甘さが胸を満たす。けれど、わたしのプライドはキャンディだ。硬く、噛み砕くにはあまりに鋭い。17歳のわたしは、その硬い殻に閉じこもりながら、彼好きだった。今も心の奥底に彼の声が刺さる。「重荷なんだよね」。その言葉はガラス玉の恋を砕き、わたしの胸に刺青を刻んだ。忘れられないのに、「もう吹っ切れた」と嘘をつく。視線はまだ、彼の影を追いかける。

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彼は遠い人だった。教室では目を合わせず、言葉も交わさなかった。何を考えているのか、勉強のことか、未来のことか、それとも何も考えていないのか、わたしには分からなかった。でも、2人きりの時間は違った。放課後の下校路、夕暮れがオレンジに滲む中、わたしと彼は秘密の泡の中で恋人だった。手を繋ぎ、キスをし、他愛もない話で笑い合った。テストの愚痴、好きなアニメの話、いつか行きたい旅行先。あの瞬間、わたしは彼とガラス玉を分け合っていると信じていた。壊れやすいけれど、キラキラと光る宝物。17歳のわたしにとって、彼は初めてで最後の「好き」だった。

高校生の恋愛は、単純で脆い。「好き」という言葉だけで浮かぶ泡だ。わたしは彼もそうだと信じたかった。LINEが素っ気なくなっても、誘われなくなっても、愛情表現が減っても、わたしは信じ続けた。キスはするし、ハグもする。それが彼の「好き」の形だと。けれど、不安はビターチョコレートの苦さのように、じわじわと広がった。わたしは彼にとって必要な存在だと、必死に思い込んでいた。泡が弾ける音を、聞かないふりをしていた。

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クリスマスの夜、イルミネーションが街を染めた。あの光は、わたしの恋を一層輝かせた。駅前の広場、色とりどりの電飾が瞬く中、彼と手袋越しの手を繋いだ。冷たい空気の中で、吐息が白く混じる。「将来、何になりたい?」とわたしが聞くと、彼は「わかんない」と笑った。その笑顔に、わたしは未来を見た。この人と結婚したら、幸せになれるかもしれない。そんな甘い夢を、イルミネーションの光に重ねた。あの夜、わたしは彼を世界の全てだと思った。

バレンタインが近づくと、わたしは全身でその日を輝かせたかった。彼の好きなビターチョコレートのボンボンショコラ、いちごの酸味を閉じ込めた一粒。大好物のチーズケーキは、前日の夜、キッチンでひとり丁寧に焼いた。オーブンの温もりに包まれ、チョコレートが溶ける音を聞きながら、わたしは彼の笑顔を想像した。この甘い欠片にわたしの「好き」を込めれば、きっと届くと信じていた。渡す瞬間、紙袋を握る手が震えた。「これ、作ったんだ」。彼は微笑んだ。遠い、いつもの微笑み。「ありがとう」とだけ言って、紙袋を受け取った。その夜、LINEで「美味しかったよ」と一言。わたしは喜んだふりをした。でも、心のどこかで、わたしのチョコレートは彼の心に届いていないと気づいていた。

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やがて、泡は弾けた。「重荷なんだよね」。放課後の教室、誰もいない窓際で、彼は静かに言った。夕陽が彼の横顔を赤く染め、わたしは息を呑んだ。その言葉は、ガラス玉を床に叩きつけたような鋭さだった。秘密の恋愛は、わたしにとって宝物だったのに、彼には重荷だった。振られた側のプライドが、わたしを硬いキャンディに変えた。未練なんて絶対に見せたくなかった。教室で彼が誰かと笑っていても、気にしていないふりをしてチラッと見る。今日、休んでいないか、こっそり探す。そんな自分が嫌いだった。「もう好きじゃない」と周りに嘘をつきながら、心はまだ彼を追いかけていた。

別れた後も、わたしは彼との時間を反芻した。放課後の下校路で交わした、たわいない会話。あのクリスマス、イルミネーションの下で彼の手を握った温もり。もっと素直に話せていたら、何か変わっていたかもしれない。後悔はキャンディのように硬く、喉に引っかかる。彼が好きだったから、わたしは自分を強く閉じ込めた。硬い殻に守られ、誰にも本心を見せなかった。

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今、こうして言葉にしてみると、あの「好き」は甘くて苦い刺青だ。17歳のわたしにとって、彼は世界だった。初めての恋愛は、キラキラと輝きながら、鋭く胸を刺した。「重荷」と言われた痛みも、プライドに縛られた後悔も、わたしを少し強くした。チョコレートの甘さは溶けて消えたけれど、キャンディの硬さはまだ残る。いつか、わたしはその硬さを笑いものにできる気がする。あの人が好きだったから、わたしは今、こうして自分の心を言葉にできる。あの恋は、わたしの骨に刻まれた、消えない光だ。