深夜二時。両親が寝静まったころ、私はそっと自室の扉を開けた。扉から顔を出し、両目をきょろきょろとさせながら、あたりの様子をうかがう。廊下もリビングも真っ暗。母の寝息と、父のいびきが聞こえてくる。どうやら、ぐっすり眠っているようだ。しめしめとうすら笑いを浮かべながら、私は頷く。そのまま、二人を起こさないように抜き足差し足で、廊下を歩いた。

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深夜の一人飲みは、ばれると少々厄介なのだ。特に母。ばれた時には、こんな時間になに飲んでるのと眉を吊り上げ、ぷりぷりするに決まっている。だからこそ、これはこっそり隠密に行わねばならないのだ。二人に見つかるかもしれないというスリルと、深夜2時に酒を飲むという背徳感に、胸を躍らせる私がいた。

そうこうするうちに、キッチンに到着。音を立てないよう、冷蔵庫の扉をゆっくりと開けた。取り出したのは、辛口の缶ビール。キンキンに冷えたそいつのど越しと、炭酸特有のふわっふわの白い泡を想像し、再びにんまりと笑った。

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食器棚からグラスも取り出し、部屋へ戻る。机にグラスを置き、缶を開けた。ビールの泡が、グラスの淵からあふれださないよう、注意深く注ぐ。この、ギリギリを攻める感じが、たまらなく好きだ。そのまま泡に口をつけ、グラスの半分まで飲み干す。

私の喉を一気に冷やすそいつの感覚が、死ぬほど気持ちよくて、飲み終わった瞬間、はあっと息をついて笑う。最後の一滴まで残さず飲み干し、私はベッドに倒れこんだ。世界がふわふわと回っている。

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お酒って好きだけど、多分そんなに強くないんだ。わたし。しばらくすると、瞼が重くなってきた。いかんいかん。せめて片づけをして、歯を磨いてから眠りにつかないと。なけなしの理性を振り絞って自身の体を起こし、グラスと缶を持って再びキッチンへ向かう。缶を洗い、ベランダにあるゴミ箱に捨てるため、窓を開ける。夜風が、私の頬をそっと撫でた。缶を捨て、柵にもたれかかり、ふと上を見上げると、夜空に星が四つ、きらめいていた。

「何だっけ。あれ。夏の三角形ってやつ?いや違うな。もう一個星が見える」そう独りごちたそばから、星だと思っていたものが、すーっと動き出した。「ん?なんだ。星じゃないのか?飛行機?」夜空を進むそれをぼーっと見つめる。

闇夜を漂う薄雲と、そっときらめく星たち。過ぎていく飛行機。夏の夜ってなんか趣があって好き。そうだ。せっかくベランダに出たんだし、シャボン玉でも吹こうか。なんだか唐突で子どもみたいな思いつきだけれど、まぁいいや。ベランダを出て、洗面所に向かい、棚に眠る未開封のシャボン玉を取り出した。

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再びベランダへ戻り、シャボン液をつけたスティックにふぅっと息を吹き込む。無数の泡がふわふわと、飛び出しては消えていく。夜空に消えるシャボン玉達が可愛らしくて、柄にもなくわくわくして、私は夢中でスティックを吹いた。

こうしていると、日常の悩みも、都会の喧騒も、全て忘れそうになる。幼い子供のようにわくわくしながら、こっそり冷蔵庫を開け、酒に酔い、ぼーっと空をみてシャボン玉を吹く。そんな時間が、私には必要なんだ。お酒はそこに私を引き戻してくれるほどよい存在。肩の力を抜いて、一度リセットして、明日からも頑張りすぎない程度に頑張ろう。