無意味だったと切り捨てられた卒業旅行。あの恋をもし笑い合えたら

「あの子、音信不通らしいよ」
同級生との飲み会で、さらっと話題にあがったのは、高校時代に青春を捧げた彼の名前だった。
思い返すと、惹かれ合ったきっかけは単純だった。入学してすぐ、近くの席で集まった仲良しグループの一人で、よく一緒にいた。
関係が動いたのは確か、初めてみんなで行ったカラオケ。彼がデュエット曲を、なぜか一人二役で必死に歌う姿がかわいくて、少し離れた席から「がんばれ!」と個人LINEを送った。歌い終えた彼から、またこっそりメッセージが来て、そこから二人で会話をすることが増えた。
程なくして付き合って、わたしたちの関係はすぐ噂になった。もともと目立っていた彼は、気づけば学年中の注目の的で、わたしもおまけのように、「あいつの嫁だ」なんて揶揄されたりもした。
だけどそんな毎日が、鮮やかで楽しくてたまらなかった。どこかの誰かの、「高校時代から付き合って結婚した」なんてエピソードだけを都合よく信じて、二人の未来は一生続くものと疑わなかった。
それでも、10代の高校生なんて移り気だ。クラスが離れ、各々の交友が広がるにつれて、わたしたちは少しずつすれ違っていった。
だけど、何も知らない周りに冷やかされたときは、大げさなくらい仲良さげに振る舞った。「誰もが知る公認カップル」であることが、滑稽なことに、あの頃の二人のステータスだったから。
卒業式の日、周りに囃し立てられながら仲睦まじいツーショットを撮る裏で、わたしは彼が大学に合格していたことすら知らなかった。
それでもまだ彼が好きだった。いや、もはや「好き」というより、一度夢見た未来に執着していただけなのかもしれない。
わたしは、お互いの合格祝いを口実に、半ば強引に卒業旅行に連れ出した。二人で過ごす非日常が、気持ちを取り戻すきっかけになるのではないか、と期待した。
だけど彼はちっとも乗り気でなく、旅先でもずっと、これから同期になる大学のメンバーとのグループLINEに夢中だった。
帰りのバスで寝たふりをしながら、彼の隣でこっそり泣いた。
結局、大学に入ってすぐに別れを切り出された。彼があの卒業旅行を「無意味な時間だった」と吐き捨てていたことを、人づてに知った。修羅場もない。ただ、倦怠期を乗り越えられなかっただけ。あまりにもありふれた結末だ。
成人式の後の同窓会で、久しぶりに彼を見かけた。遊びやお酒を覚え、大学生活を謳歌する彼の目には、少しメイクをしてドレスアップしただけのわたしなんて、一瞬も映らなかった。
「久しぶり、きれいになったね」と、たった一言でも声をかけてくれないかな、なんて淡い期待をした自分を、そっと閉じ込めた。
そうして気づけば別れてから、あっという間に十年が経ち、わたしもずいぶんと大人になった。あの頃の、夢見がちで浮かれていた自分を、少し恥ずかしく思うくらいには。
だけどときどき、溶けそうなくらい甘くて、泣きそうなくらい酸っぱい、彼との時間を思い出す。望んだ結末にはならなかったけれど、あの時間には、嘘偽りない幸せがあった。
噂によると彼は、仲の良かった同期の結婚式にも、顔を出していないらしい。あんなに友達を大事にしていた彼が、どうして誰とも連絡をとっていないのか。
せめて元気かどうかだけでも知りたいけれど、別れて連絡手段を絶ってしまったわたしには、もう彼に辿り着く術がない。
もしも、もう一度会えるなら。
大人になった二人で、あの頃の思い出話がしたい。過去は変えられないけれど、塗り替えられるから。
「いい思い出だったね」と目を見て笑い合えたなら、十年前に泣いていたわたしのことを、「あの恋は、無意味なんかじゃなかったよ」と、やっと優しく抱きしめられる気がする。
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