私は、元々背伸びしがちだった。

というのも、周りの目を過剰に気にしていたからだと思う。
私は10代の頃から、無意識的にだが周りと比べて成長が遅れていると感じていた。上手に言語化できないが、なんとなくそう感じていた。
なんだか自分が同級生と比べて、幼稚な感じがするのだ。実年齢は同じはずなのに、能力面でも身体面でも劣っている気がする。

なんとなく、周りも見えてない気がした。遠回しにそういう指摘を受けた。

いわゆる仲良しグループみたいなものには小中高大と常に所属していたし、集団に全く溶け込めない訳でもない。でもどこかでそんな気がしていた。
「いつも常に、なんか一歩周りから遅れをとっている」それが私のセルフイメージとなった。

◎          ◎

大人になって、そういった意識はより一層強くなった。社会に出た私はより劣等感が強くなった。
自分より年下の子たちの方が自分よりもよっぽど仕事ができて、ずっと大人に見える。自分のやることなすこと、全てが間違えているように感じる。何をしていても、自信がない。
とりあえず、「私の思う大人の在り方」をインストールした。
理性的で感情的にならず、落ち着いていて常に冷静沈着。礼儀やマナー、モラルもわきまえていて、周りに配慮もできる。自立していて、さらに自分のことだけでなく周囲の世話やフォローもできる……それが私の思う「大人のイメージ」だった。

そんな心持ちで生きていると、いつしか周囲にも無意識に「完璧であること」を求めるようになった。
ひとえに大人といってもいろんな人がいるが、「この人もう何歳のくせに、こんな価値観で生きてるの」「これまでの人生で、一体何を学んできたの」と心の中で激しく批判するようになった。
私は自分のことを「実年齢の割に幼稚だ、成長が遅い」と感じて、恥じて、それを一生懸命正そうとしているのに!なんでこの人はそれをしないの!と憤っていたのだ。
「何歳の人は、こういう価値観から卒業しているべきだ」という激しいジャッジを手放せずにいた。

◎          ◎

そして、人間関係が悪くなる。私が「背伸びしている自分」を守ろうとすればするほど、自分も相手もこじれ、苦しくなる。周りにも迷惑をかける。

ひとしきりもがいた後、「大人になるって、成長するってなんだっけ?」「一体その先に何があるんだろう」と虚無になった。私は、背伸びをやめた。

やめる、と言っても簡単ではなかった。自分のできないことをしっかりと見つめ直し、それを受容しなければならない。今まで一生懸命背伸びをすることで、自分が見たくない自分を補っていたのに、それをやめるなんて怖い。

それでも、私はもう背伸びをすることをやめたい。一時的にやめるのではなく、この先もずっとやめ続けなけれならない。
背伸びをするということは、足の裏がしっかり地面についていないということだ。ゆえに、足元がグラグラする。その状態では本来の力を発揮できないと思った。

◎          ◎

背伸びが私を変えたこと。それは、「背伸びをするのをやめる」ということだ。悲しいかな、背伸びをしている時には背伸びをしていたことにすら気づいていない。

「もっと成長しなければ」と思いながら背伸びをしていて気づいたのは、「本来の自分を思い出す」ということだった。それは、本来の自分と新たに出会い直すということだった。それを結果的に成長するというのかもしれない。