私には16歳で出会った大事な親友がいる。高校3年間、クラスが同じで出席番号は前後という奇跡から始まり、高校はこの人としかほぼ過ごしていないんじゃないかというくらい一緒にいた。

学校をサボる時も遊ぶ時も、何をする時もお互いよく誘い合った。彼女は学校をよく休んだ。その度に担任の先生に私は理由を聞かれたが、理由なんて特になかったと思う。

ただ今日はなんとなく学校に行きたくない、それだけだ。朝から学校に行っても、体調が悪いわけでもないのに遊びに行ったりバイトをしに行ったりと、自分勝手に帰ったこともあった。きっとあの頃の私達の中には、こんな無駄な勉強をしているくらいならバイトをして遊びたいという感情だけだったと思う。

高校卒業後の進路で幼児教育を選んだ彼女。私は資格取得の道へ

今考えれば日々呑気に遊んで過ごしていたひどい学生時代で、とても大学にいけるような頭ではなかった。彼女は凄く優秀だったが、勉強に興味があるわけでもないし、子供が凄く好きという理由で幼児教育を学ぶために短大に進んだ。私は進む先に特に興味などないにも関わらず、自分の意思を優先できずに家庭環境に負けて理系の資格を取る方向に進んだ。

私の進んだ先は全員が同じ職業になる。みんな同じ方向に進み、それが当たり前になる。そして周りが見えなくなる。側からみると、私達が将来やる仕事がどう見えているのかわからなくなる。

そして、収入と地位が急に上がった失敗を何も知らない奴らが社会で調子に乗る。進んだ先はそんな世界だった。

だから、昔の感覚を、そして一般社会での感性を忘れてはいけない、これだけは常に忘れないように心に留めていた。

遊びとバイトで現実から逃げる日々。周りには「いつも楽しそうで羨ましい」と言われた

私はというと、そんな風に歩んできてしまったもんだからやる気に欠け、18歳以降沢山失敗をした。本来ならしっかり勉強して真っ当に道を歩めば済む所を沢山遠回りした。その分、費用だってかかるし歳も重ねる。18歳の時に自分の将来の夢への意思をはっきり示していればと、何度思ったことだろう。

あの時にこの道を否定せず選択して歩んできてしまった私にも大いに責任はある。だから沢山迷惑をかけてきてしまった。その責任を取るためにも、家庭の期待応えるためにも最低限資格をとって姿勢を示さなければならないとは思っていた。

周りを見渡せば、なりたくて入ってきた人ばかりでみんな目標とストイックさがあった。正直、心は苦しかった。お酒と遊びと色んなバイトに逃げる毎日で、楽しいことをして紛らわしている自分がいた。周りから見たらどれだけ毎日楽しそうに見えただろう。

お前はいつも楽しそうで羨ましい、そうよく言われた。真っ当に最短経路で生き、真っ直ぐ道を進むことが当たり前の世界しか広がっていないからだった。

長い目で見れば、遊びもバイトも学びだと思う。だから後悔はしていない

人生を長い目で見れば、何年か遠回りしたところで最終的に資格を取れば同じであり、私になんの影響もない。もっと大変な人なんて沢山いる。そんな人達からしたら、自由にこれからがあるだけずっと良いはずなのに。私が周りからはどうしようもないなぁといった目で見られていることは無論承知で、それを良いことにマウントを取りに来る人も沢山いた。

きっと私のような失敗しかしていない人間の上に立って優勢でいたいのだろう。小さな世界で背伸びをしている小人ほど惨めなものはない。

勿論、私がどうしようもないのは事実である。しかし、例え最短で生きていても参考書や教科書としか向き合うことができず、自分の言動で相手がどのように思うかをわからない人の人生よりはよっぽどましだと思ったことも何度もある。だから、私が今まで人より遊び逃げてきたことに後悔はない。色んなバイトで社会を学び、遊びを学び、大人を学んだからだ。

私がどれだけ失敗をしても、彼女は変わらず接してくれた。その変わらなさが誇らしかった

もちろん最短で人生を歩み、人としても成長して真っ当なのが一番なのかもしれない。ただそんな全てが完璧な人なんて、どの世界でもほんのひと握りいるかいないかだと私は思う。でも、不思議なことに周りには私のような人に手を差し伸べてくれる優しい友達もいた。本当にその助けがなかったら今がないのだから優しい友達には感謝しかない。

私は自分から逃げて沢山失敗している分、人としての感覚くらいはまともでありたいと思っていた。どんな職業についても昔も今も人として変わらない、これほどに素晴らしいことはないと思う。たまにそういう人と出会うと凄く魅力を感じる。20歳を過ぎたような大人は根本はきっと変わらないのかもしれないが、人間はお金や地位や名声を持てば人としての感覚が変わっていき歪んでいく人がほとんどだ。すぐに失われるかもしれないものにより、人として変わってしまった人を沢山見てきた。

しかし彼女はというと、私がどんな失敗をしようと、どんな道を歩もうといつ会っても彼女は変わらない。私はそれが嬉しくもあり、安心感を覚え、人として誇らしかった。

彼女に会うといつも昔の感覚に戻ることができる。そして普通の感覚を忘れずにいることができる。18歳以降、私がここまで人として歩めているのは彼女のおかげと言っても過言ではない。

彼女が人より何か凄いことをしているといったわけではない。ただ定期的に会って話してお酒を飲むくらいしかしていないし、その時に話した内容なんてお互いまるで覚えていない。ただ何故かその関係が私には唯一無二であり、私という人間を豊かにしていることには言うまでもない。