高校生の頃、深夜に放送されていたテレビ番組で、ある男性のことを知った。
それは、歌手発掘のオーディション番組だった。当時そういう内容の番組はたくさんあって、この番組はそのなかでは知名度が低い方だった。放送されていたのが深夜1時台と、かなり遅かったせいもあるだろう。
たまたま起きていて何気なく見ていたその番組に、彼は出てきた。

歌っていたのは「君は薔薇より美しい」。伸びやかで、高いけれどキンとしていなくて、程よい透明感を持った歌声が耳に残った。
登校中も、帰宅して部屋で過ごしていても、彼の歌声が思い出された。当時アイドルの推しはいたものの、こんな風に声が頭に残ったのは初めてだった。

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その番組はYouTubeにチャンネルを持っていて、過去の放送をアップロードしてくれていた。私は彼の出演回だけを何度も繰り返し再生した。
それらの動画には歌唱の前の審査員とのやり取りも収められていたのだが、それを見ていくなかで彼が過去に一度デビューしたことがあるのだと知った。
当時30歳を目前としていた彼は、画面越しに見ていても不器用さが滲んでいる人だった。
高い歌唱力を持っていて、それにともなう歌手としての理想もきっとあって、だけどそれを叶えるための最短ルートを歩めない、歩めたとしても自身が納得出来る道でなければ選ばない。高校生の私から見ても、そんな人であるように感じられた。

この番組は最終回のみゴールデン帯で放送され、そこで優勝した1人だけが事務所に所属、CDをリリースできることになっていた。
彼の勝利を祈りつつも、当然出来ることなど何もない。とりあえずただYouTubeを再生しまくる日々を送っていた。

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結果として、彼は優勝できなかった。
推薦が決まっていた大学進学をやめて歌手を目指すことにしたのだという、当時19歳の男性が優勝していた。
それだけが理由ではないはずだが、最終回での歌唱で、彼は決定的な過ちを犯していた。間奏のとき、側転したのだ。
側転て、と思った。バク転やバク宙なら、まだ分かる。すごーいってなるし、歌唱中のパフォーマンスとして成立し得ると思う。でも側転じゃダメだ。体育の授業の時間を思い返しても、出来ている人の方が多かった。呼吸の乱れにも繋がりそうだし、わざわざやる利点が無い。彼の不器用さを体現したパフォーマンスだった。

結果は残念だったが、一つ嬉しいことがあった。放送が終わった数ヶ月後、私が住む札幌での合同ライブに出演するという情報が発表されたのだ。番組の出演者に札幌出身の人がいたことから決定したらしい。彼自身は札幌に縁もゆかりも無かったので、私にとっては思いがけないラッキーだった。
生で見る彼は、想像していたより小柄だった。小さなライブハウスだったので出番まで客席の端っこにいたのだけれど、途中まで本人だと気づかなかったくらいだ。だけど歌い出すと、誰よりも大きな存在感を放っていた。画面越しに感じた魅力そのままの歌声だった。

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あれからいくつものオーディション番組を見てきたが、出演者のライブにまで足を運んだのはこれが最初で最後だ。
有名な芸能人と違って情報が少なく、応援し続けるのが難しくて追えなくなってしまったけど、大切な思い出になっている。
きっと優勝していたら、あのライブには出演してくれていなかっただろう。そう考えると、側転をかましてくれていて良かったのかもしれない、とも思った。