「別れよっか」

この結論に達したのは、別れ話を切り出してから、2年も経った日のことだった。

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初めて会ったのは学生時代。共通の友人との飲み会で、わたしはなぜか「この人のことを好きになるだろうな」という強烈な直感をおぼえた。

彼はつかみどころのない人だった。会うたびに「かわいい」や「彼氏作らないでね」と言う割に、どこか冗談めいていて本心がわからない。そんな彼の言葉を、わたしはいつも呆れたようにかわしていた。ただ、そんな軽い男はごめんだと思う裏で、まんざらではないわたしの気持ちに、彼も気づいていたのかもしれない。

大学卒業が近づくにつれて自然と疎遠になっていたが、社会人になって再び連絡をとるようになった。あるときは、夜の9時から朝の5時まで夜通し電話をした。「あの頃本当は、告白しようと思ってた」なんて昔話をされて、不覚にもどきどきした。
その後すぐ必然のように付き合って、わたしたちは紆余曲折を経て、ここで結ばれる運命だったんだと思った。

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はじめの頃の交際は順調だった。くだらない喧嘩もしたけれど、すぐにその雰囲気にたえられなくなって、あっという間に仲直りした。お互いを変なあだ名で呼び合ったり、深夜のコンビニでジャンクフードを買って食べたり、一緒にいる時間が毎日楽しくてしかたなかった。

だけど関係性が深まるにつれて、わたしたちはまるで家族のようになっていった。仕事で多忙な彼に合わせてお家デートが増え、いつも駅まで迎えに来てくれていた彼が、パジャマ姿で寝ていることが多くなった。

それでも彼との関係性を壊したくなくて、いろんな違和感に目をつぶりながら笑って一緒にいた。わたしが彼を好きでいないと、この関係は一瞬で終わってしまう気がしていたから。そんな小さな忍耐が、どんどんわたしたちの関係を"男女"でなくさせた。

お互いに愛も情もあった。だけど将来を本気で考えるようになったとき、なんとなく、このまま一緒にいるのは難しいという共通認識があったように思う。

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一緒に過ごした年月は、4年。友達期間をあわせると、6年。あまりに重かった。どちらかが将来の話を切り出して、別れ話になって、やっぱりお互い寂しくて振り出しに戻る、この繰り返しだった。

なんとか関係修復を試みて、おしゃれをしたり、はりきってデートをしたりしたけど、どうにもならなかった。だんだんと、次の誕生日や記念日の話をすることが怖くなった。もう来ないかもしれない時間だと思うと、未来の話なんてできなくて、最後にはもう考えることに疲れきってしまった。

ようやく別れを決めたとき、「もうこれで、彼を好きでいなくてもいいんだな」と思った。寂しさから大号泣する彼の隣で、ひそかにそう思ってしまう自分が悲しかった。なんの疑いもなく、ずっと一緒にいる未来を夢見ていた頃の思い出が、消えてなくなってしまうような気持ちだった。

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別れてから1ヶ月後に、彼と最後の食事に行った。ずっと行きたいと言っていたのに、結局4年間も行かなかった店だ。まさか恋人でなくなってから初めて行くなんて、皮肉なものだ。

いつもと少しも変わらず、待ち合わせに2分遅刻してきた彼は、別れ話のときの号泣が嘘のようにのんきで、食事をしながら、「これからどうするの」と聞いてきた。どんな返答が正しいのかわからず彼に同じことを聞くと、「やっぱり転職しようかな」と言っていた。

それもう3年前から言っているよね、と笑いながら、お互いが語る未来に、もうそれぞれの姿はないんだな、と気づいた。今目の前に座っているのは、確かにわたしが好きだった人だけど、同時にこれからの人生でもう交わることがない人だ。
あんなに一緒の時間を過ごしたのに、あっけないものだなと思った。

帰り際、食べきれなかった食事を包んでもらった。店員さんには、わたしたちが同じ家に帰る夫婦のように見えたのかもしれない。用意されたパックは1つにまとめられていた。
どちらがこの食事を持って帰るか相談して、「でもあなた、どうせ持って帰っても食べないでしょ」とわたしが小さく笑うと、「そうかも」と彼も笑った。

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長年の付き合いで知り尽くした、今までの彼の好み、癖、行動パターン。彼のことは、彼の家族の次にわたしが一番よくわかっている。そんな自信があったけれど、これもわたしの知らない未来で、塗り変わっていくんだろう。

散々泣かされたし、苛立つこともたくさんあった。それでも、彼に出会ってからの時間は、楽しくて幸せだった。
「忘れられない恋だった」なんてロマンチックなことは言わないけれど、せめてわたしの知らない未来で、笑って幸せに生きていてね。