小学校の図書館で麒麟になった私が出会った夢と憧れ

小学校に入学したばかりの私は、少し拍子抜けしていた。
小学生は格好良くランドセルを背負って、分厚い教科書とにらめっこする毎日になるのだと思っていた。でも、実際は授業は和やかで楽しかったし、国語の時間にはみんなで図書室の好きな本を読むだけということもしばしばあった。
当時は、給食の時間に6年生が放送で読み聞かせてくれる絵本が、私達の流行を作っていた。この絵本にはどんな素敵な絵が添えられているのだろうと想像しながら物語を聞く時間は、まだ夢見がちだった私にとってはとても楽しみな一時だった。そして挿絵を見ようと私は図書館を訪れたが、給食の時間に取り上げられた絵本はいつも、いつの間にか誰かに借りられてしまっていた。いつまで経っても答えの確かめられないもどかしさから、次第に私は絵本を読まなくなった。
その代わりに、文庫本を読むようになった。今でも覚えている。図書館の端の一際古びた本棚の一番上の棚。そこには、300ページを超えるのは当たり前といった様子の本がびっしりと並んでいて、私はそこに一冊の隙間もできるのを見たことがなかった。ここなら誰にも邪魔されずに思う存分本が読めると思った私は、みんながしゃがんで色とりどりの絵本争奪戦を繰り広げる中、いそいそと椅子を持っていっては、その上で背伸びをして本を選ぶようになった。キリンと同じ進化を遂げたのだ。始めはやはり小学校1年生には難しい内容も多かったが、分厚い本を読むというのはなんだかお姉さんになった気がして嬉しかった。そのうち、難なく文庫が読めるようになり、椅子の上で背伸びをしなくてもよくなった。
そんな3年生の初め、先生が私達に50冊分の本のリストを配った。これは宿題ではないけれど、どれも良い本だから、ぜひ読んで欲しい。誰が一番に読み終わるかなと先生は微笑んだ。負けず嫌いでもある私は、それからしばらく文庫本をお休みして、50冊を順に読むようになった。大自然の写真集や、日本語訳された海外の児童書、仕掛け絵本、歴史の児童書。普段自分からは手に取らないような本も多かった。その全てが面白かったわけではないけれど、クジラが大海原を泳ぐ壮大な風景や、金髪の女の子が見たことのない真っ赤なジェリーを作って美味しそうに食べる様子などには驚くことも多く、退屈なものは一つもなかった。なにより私は、今まで読んだことのなかったジャンルがこれほど魅力的だったことに驚いた。それから、私は様々なジャンルの本を読むようになった。次第に小学校卒業が近づき、将来の夢について考えるようにもなった。私は料理やお菓子作りが好きだったけれど、それを仕事にしたいかはよく分からなかった。そんな時、ある本に出会った。
「捨てられるのは憧れ。すてられないのが本当の夢」
その言葉が私の心にすとんと落ちた。私の捨てられないものはなんだろう。本に出会って何度も考えた。浮かんでは消え、私の好きは憧れなのだなとぼんやり気付き始めた頃、私を可愛がってくれていた親戚が倒れた。末期の胃癌だった。それまでも周りで亡くなる人はいたけれど、健康が当たり前だと思っていた大切な人が、突然、おそらくあと数年で死んでしまうと聞かされたのは初めてだった。嫌だと思った。その人が死ぬこともだが、それ自体ではない。これまでのようにみんなで笑って出かけたり、美味しいものを食べたりすることができないこと、当たり前にあった幸せが終わることこそが、私は嫌だった。その時、私は自分の捨てられないものを知った。
あれから約9年、幾度となく、「これは自分にとって捨てられるものか」と自問してきた。将来の夢や進路は特に、パティシエや管理栄養士などとも迷ったが、何度問いかけても、薬剤師として患者とその周りの人の当たり前を守るという想いだけは、捨てられない夢であり続けた。
今、私は薬学部で夢への一歩を着実に進んでいる。大学の講義終わりには、図書館で勉強をし、帰りに人の少ない広い図書館を悠々と歩く。隙間なく配架された小説から新書、薬学に関する本まで丁寧に引き抜いていく。大学の図書室の貸出し図書数は既に100を超えた。休みの日にはお菓子作りをしたり、英語で海外観光客向けのサービス業のアルバイトをしたりする。思えば、海外や料理に興味を持ったことも、知らないことを知るのを面白いと感じることも、私を構成するそれら全てが、あの日キリンと同じ進化を遂げたことから始まったと言えるかもしれない。
これからもきっと、本は私にたくさんの夢や憧れをくれる。世界の広さや価値観の多様さを教えてくれる。私はその出会いを、首を長くして待っている。
かがみよかがみは「私は変わらない、社会を変える」をコンセプトにしたエッセイ投稿メディアです。
「私」が持つ違和感を持ち寄り、社会を変えるムーブメントをつくっていくことが目標です。
恋愛やキャリアなど個人的な経験と、Metooやジェンダーなどの社会的関心が混ざり合ったエッセイやコラム、インタビューを配信しています。