ただそこにいてくれるだけでいい。彼女は私だけの「たったひとつ」

『ごめん!ちょっと遅れる!』
スマートフォンが震えたと思ったら、メッセージがひとつ。
『あら!気をつけてね。ゆっくりおいで』
駅の改札を出たところでメッセージを返し、目の前の人波をなんとなく眺める。
友人との待ち合わせ。
もう何度目かも数え切れないほど。
彼女とは大学の同級生で、社会人になってからも定期的に会う時間を作っていた。あそこのカフェが気になるとか、映画を見に行こうだとか。いつも大した理由ではないのだけれど、そのちょっとしたことを楽しみに日々過ごしている自分がいた。
その日は互いに買いたいものがあって、せっかくならお茶でもしながら。という話だった。
彼女とわたしは近くに住んでいないので、大抵中間地点の駅で待ち合わせをするのが常だった。前もって出発時間も、持ち物も確認する。朝、起きたタイミングでも、道中でもちゃんと連絡する。
…それでも、それなのにーー。
彼女は大の遅刻魔だった。
例えば、少しメイクがうまくいかなかったとか、ご飯を食べるのに時間がかかってしまったとか。予定していないことが1つ起こると、もうそれだけで全ての行程に支障が出てしまうようだった。ここで遅れた分を、あそこで縮めようとか。そういうことがどうしてもできないらしい。
はじめは全く理解ができなかった。怒りこそないが、なぜ?と純粋に疑問だった。
それでも待ち合わせ場所に小走りで駆け寄ってくる姿と、深い栗色の、ふわふわと浮く細くて艶のある前髪を抑えながら慌ててあれやこれやと謝る様子を何度も見ていると、一人ぼうっと過ごしていた時間を、不思議となんとも思わなくなっていった。
そんな自分に気がついたとき、ふと相手に対する気持ちの大きさの究極形というのは、もしや"これ"なのではないかと思った。
諦めでも無関心でもない。ましてや無条件に受け入れ、甘やかすのでもない。
彼女がどうであれ(人によっては非常識だと言われる行動をしていたとしても)、息災で、ただそこにいてくれさえすればよかったのだ。
遅刻でも忘れ物でも、いいよ。いくらだってして。あまりに人道から逸れることはよくないけれど。
自分の隣で歌うように笑う。コロコロと変わる表情。その時間こそが全てで。彼女の笑顔ひとつでいとも簡単にあてられてしまうのだった。
静かに、そして微かに温度を保ち続ける柔い感覚。一体なんと名前をつけたらいいのだろう。
もしその解と言えるものをいつか見つけられたとしても、きっと世間が呼ぶような、もしかするとちょっと気恥ずかしくて、でも深くて、ゆったりと包まれるような。そんな美しくて立派なものではないんだろうと思う。
でも、それで構わない。
いまもちゃんと、脈打っている。
確かにずっとここにあるってわかる。
そんなことを思いながら、わたしだけのたったひとつを、大事に、こっそり、抱いている。
かがみよかがみは「私は変わらない、社会を変える」をコンセプトにしたエッセイ投稿メディアです。
「私」が持つ違和感を持ち寄り、社会を変えるムーブメントをつくっていくことが目標です。
恋愛やキャリアなど個人的な経験と、Metooやジェンダーなどの社会的関心が混ざり合ったエッセイやコラム、インタビューを配信しています。